7.天界
古の祭壇は、その向こうにあった。
丈夫な鉄扉があったが、魔法と剣によって、
こじ開けていった。
天から一筋、光が差し込んでいる。
光の差し込む中心部分に、
小高くなっているところがあった。
数珠の宝石はきらきらと光り、
ゴブレットは、数珠とは違い、神秘的な光りをたたえていた。
「いくぞ…」
カーチェスの声とともに、紺炎を起こせる、
3人は一斉に唱えた。
「リビストス・アシュラス!!」
祭壇に、小さな紺色の炎が現れる。
一瞬間をおいて、炎が燃え上がった!
4人はゴブレットを両脇に置き、
数珠を高く掲げた。
「天駆ける竜よ!
魔に仕えし、猛き力を復活させんとする者どもに、報復の光を!
どうか、我らに力を…!!」
突如、4人は体が、透明な感覚で覆われるのを感じた。
そして、気がつくと、4人はひんやりとした、
空に浮かんでいた。
そう、竜の背中に乗って。
「うわあっ 最高っ!」
思わず、ハインツ以外の3人は歓声を上げた!
「この鱗、滑らないようになってるわよ!
そして暖かい…」
レイシアの言ったとおりだった。
もう冬のはずだった。
外が吹雪いていてもおかしくない。
しかし、4人は寒さすら感じていなかった。
また、オーロラが見える。
高度が段々と上がってきた証拠だった。
飛行が安定してきたので、竜を見てみる。
頭から尻尾にかけてまで、びっしりと紺色の鱗が生えている。
頭には2本と角があり、時折小さな声を上げる。
何も語ろうとしない、まるで全てを察しているかのようなその目は、
4人を時折優しく見つめた。
竜は更に速度を上げて上昇する。
快適とも言えるその乗り心地に、4人は安堵し、
眠ってしまった。
それは、先ほどの戦い以上の激しい死闘の前の、
しばしの休息だった。
レイシアが目覚めたときには、
竜の姿は消え、4人は未知の大地に立っていた。
果てしなく草原が広がり、その向こうに
石造りの神殿がある。
邪神を祭った石像が、微かにカーチェスの目から確認できた。
「あれがウェルベインの封印されている神殿なのね…」
いよいよここまで来た。
そのような思いが4人に浮かぶ。
中でも、レイシアの思いは、強かった。
村ではいち早くその存在に気づいた。
しかし、村の壊滅を防ぐことは出来なかった。
その仇を討ち、邪悪を封印することが、
今のレイシアの、心の支えとなっていた。
「頑張らなきゃ…」
(疲れなんて気にしてる暇はないわ….)
疲れているのは他の3人も同じだった。
まともに休息を取ったのは、もう既に3週間前、
船で休んだきりだった。
しかし、誰1人として、弱音は吐かない。
4人はひたすら、平原を歩いた。
最後の夜。
天界まではまだ魔物も進出していないせいか、
魔物の襲撃に追われることもなかった。
天界に到着したその夜には、
もう神殿の目前に来ていた。
遙か太古に作られたはずのその神殿は、
今もなお荒廃した様子もなく、
重々しくたたずんでいた。
「既に魔物は天界にやってきているはずだ。
明日はいよいよ最後の戦いだと思う….」
カーチェスが不意に話し出した。
手には数珠が握られている。
表情にもいつものように、茶化した感じはなく、
凄まじいほどの決意が、胸の内には眠っているようだった。
「ハインツはルサスからだったとして、
俺たち3人はクレイトルからずっと一緒だったろ?」
ふと、カーチェスが問いかける。
「ん?ああ..」
「ずいぶん、長い旅だったよな。
覚えてるか? ほら、お前の誕生日..」
カーチェスの視線がラヴァレンに移る。
「えっ?
ああ…うん、あの食事、美味しかった」
「あんな物で美味しかったとは君も相当変わった舌をしているな。」
ハインツが口をはさむ。
「ははは…」
4人が笑った。
しばらくして、カーチェスは話を続けた。
「あの時、俺は言ったよな?
“暗い旅になりがちだから、今日は騒ごう”って。
でも…やっぱりあの時も俺はあまり心からは騒げなかった…
やっぱり、俺も心に残ってしまっていたんだよ。
村が燃えたときのことを。」
2人は意外そうな顔をした。
ハインツだけが、静かに炎を見つめている。
「だから、ゲヴリス、そしてウェルベインは本当に憎い。
“この旅は、仇を取るため、世界を守るためにあるんだ!”
そう自分に言い聞かせていた。
憎しみを理由に、強引に自分を奮い立たせていたんだ。
でも、やっとわかった。
憎い、それだけのことだけでは、
僕はここまで旅を続けられなかったと思うよ…」
えっ?
とレイシアが驚いた表情をする。
「僕はそんなに強くない。
旅を続けられたのは、それは
ラヴァレンがいたから。レイシアがいたから。
そして、ハインツがいたからなんだ。
仲間。
1人で旅していたときとは違った事、
数々の戦いを切り抜けられたのは、
君たちがいたからなんだ。
僕は、このような素晴らしい仲間に出会えたことを誇りに思うよ。」
「な、何だよ..」
ラヴァレンとレイシアが奇妙な顔をして、カーチェスを見る。
「なんだ、お前達。
俺様が感謝してやってんのに、その態度はなんだ!」
あ…2人は気づいた。
やっぱりいつものカーチェスだ。
「おい。」
カーチェスが声をかける。
今度は引き締まった表情をしている。
そして、手を差し出した。
ラヴァレン、レイシア、ハインツも手を重ねる。
「明日で戦いは終わりだ!
必ず、必ず全員で、生きて帰ってこよう!」
ハインツは、そのあと、自分のテントに戻っていった。
「あ、ところで…」
「ん?」
ラヴァレンとレイシアは突如声をかけられた。
「俺の魔法修行もこれで最後だ。
この魔法書には、最後のページに3つの呪文が載っている。
一つは….ダンテルク。
俺が最近身につけた魔法だ。
あとの二つ…
神聖魔法の最も高位の呪文と思われる、
「レムゼスカ」
火炎魔法の最も高位の呪文と思われる、
「ロスカルド」
俺はこの2つの魔法を使うことは出来ない。
しかし、この旅でお前達はずいぶん成長した。
魔力も相当強くなっているはずだ。
詠唱の言葉さえ覚えれば、使えるかもしれない。
覚えておいてくれ…」
そういって、カーチェスも自分のテントに戻っていった。
「僕たちも、寝ようか。」
「….」
レイシアの返事は無かった。
「怖い…」
レイシアは、怯えていた。
「もし…もうウェルベインが復活していたら…私達…そんな魔物に勝てるのかしら
…」
いつになく、レイシアは弱気だった。
その時。
ラヴァレンはレイシアを軽く抱きしめた。
「レイシアらしくないよ。
さっきみんなで誓ったよね?
“必ず全員で、生きて帰ってこよう”って。
僕達の心強い仲間、カーチェス。ハインツ。
僕たちが力を合わせれば、きっと勝てるって!
だから、変なことで心配してないで、もう寝なきゃ!」
「ふ…ふん。
あんたに言われなくてもわかってるわよ。
でも……..ありがとう。」
レイシアは心から感謝した。
明日はいよいよ神殿に乗り込む。
草原の夜は、穏やかにすぎていった…
次の日の朝。
快晴だった。
雲一つない…といいかけて、
ここ自体が雲よりずっと上の世界なのだと思いだし、ラヴァレンは1人で苦笑した。
4人は決意の固まった、すっきりとした表情をしていた。
「さあ、いくぞ!」
神殿の中は、二聖者..リビストスとアシュラスのレリーフが彫られていた。
人間にとっての英雄と、魔族にとっての英雄。
対照的な二人のレリーフが、4人を迎えた。
ふとその先に、輝く物が突き刺さっている。
アシュラスのレリーフの裏側にあった。
“この剣を抜く者、まことの聖剣士なり”
そう、岩壁には書いてあった。
どうやら、アシュラスの書き残した者らしい。
「僕がやってみよう。」
ハインツが突き刺さっている剣を引っ張る。
すると、いとも簡単に剣はハインツの手に収まった。
不死鳥が飛翔する模様のある柄。
しっとりと、静かな光沢を放つ刃。
剣に隠れて見えなかった書いてあった。
“聖剣エクスカリバー”
「すごい!」
レイシアが感嘆した。
「ハインツはすごい聖騎士だったんだね?」
ラヴァレンも驚く。
「はは….だったらいいな。」
ハインツは答えた。
まだこの神殿に魔物は放たれていないようだった。
はるか昔、アシュラスがウェルベインを破った時から、
何も変わらなかった。
古くなって、所々朽ち果てている石柱。
時折、何かのレリーフを彫ったような石柱も見られる。
しばらくして、内部へと進入していったためか、
視界が悪くなった。
4人は松明の光りを元に、先に進んでいった。
魔物達がその前に立ち入っているのは明らかだった。
所々に、真新しい松明などが落ちている。
「どうやら、敵は近いな…..」
大きめのホールに辿り着いたところで、ハインツとカーチェスが同時に言った。
ホールの天井からは光が差し込み、ここだけやけに明るかった。
このホールを抜けると、金縁の扉がある。
そして、その傍らに、まだ煙の残っている松明が落ちていた。
4人は最後の小休止を終えた。
今までの戦い通り、カーチェスが皆をまとめた。
「この先に、敵がいるのは間違いなさそうだ….
もしかしたら、ウェルベインが復活しているかもしれない。
その時は、その時。
俺たちは、どんなピンチでも切り抜けてきたじゃないか、
大丈夫だって!」
最後まで明るさを失わずに、カーチェスは言いきった。
「さぁ、行こう!!」