7.死闘
扉を開けた、4人を待っていたのは、魔物でも、
ウェルベインでもなかった。
それは、霧?
人間の形をしていたが、あまり姿がはっきりとしていない。
“それ”は重々しく口を開いた。
「待っていた…..お前達の目の前で、封印を解くのを!
貴様ら、“光の使徒”だな?
いや、一人だけ違うか…クックックック….」
不敵な声をあげた。
ラヴァレンは叫んだ。
「答えろ!
お前は何者なんだ!?」
「ほう….貴様らにはわからないか。
余はリビストス。
邪戦士リビストス!
ふふふ….永年の時を得て我が身が朽ち果てようとも、魂は不滅なのだ!
カーチェス、まだわからぬか?
お前は私の、子孫、邪戦士の血を受け継ぐ者なのだよ!!」
3人は驚いてカーチェスの方を振り向く。
「何故俺の名前を知っている!
俺は、お前とは何の関係もないっ!!
でたらめを言うな!
ダンテルク!!」
古の三大魔法の一つ、ダンテルクの黒い霧がリビストスを覆う。
しかし、リビストスは動かないまま、立ちつくしていた。
「ここまでなお否定するとは、お前の愚かさも相当のものだな!
今、貴様がその呪文を唱えたことが、
お前が余の子孫であることの証。
なぜなら、その呪文は代々、邪戦士の血を受け継ぐ者だけが、
唱えられるものなのだ!
ずっと….ずっと探し求めていたのだ!
私の子孫を。
今こそ封印が解かれるときは来た!」
黒い霧をものともせず、リビストスは滑るように早く、
カーチェスの元に寄る。
そして、次の瞬間、リビストスの霧とカーチェスの体が重なる….
暗く数珠が輝いた。
「あああああ!!」
カーチェスは絶叫するが、その抵抗むなしく、
リビストスがカーチェスの肉体に乗り移ってしまった。
「ついに手に入れた….この完全な肉体を…」
カーチェスの口から発せられたのは、紛れもなくリビストスの言葉だった。
「くそっ!
イーゼラス….」
ラヴァレンがリビストスに向い、呪文を放とうとする。
しかし、それをレイシアが制止した。
「待って!」
「何するんだよ!
だってあいつはカーチェスに…」
「考えて!
今、カーチェスの体にリビストスは乗り移っているのよ。
魔法で攻撃したら、カーチェスがどうなるかわからないわ… 」
「そ、そうか・・・じゃあ、どうすれば・・・・」
3人は、リビストスとわかっていても、カーチェスには手を出せなかった。
それは、彼が仲間だったから。
3人の弱さは、そこだったのかもしれない。
なすすべがない3人にたいして、リビストスは非情だった。
「ククク、悩め、苦しみもがけ!
貴様らの仲間だった男には攻撃できまい!
運命を呪うんだな、死ね!
ダンテルク!」
ほんのわずかの静寂。
直後、3人を霧が包む。
暗黒の力を持つもの以外に、絶対なる死をもたらしめる霧が…
それは、みるみるうちに、3人を切り裂く、邪戦士の姿へと、変貌していく。
「くっ・・・・・」
ラヴァレンは微かに呻いた。
(ここまでなのか…? ここまできて、僕は終わってしまうのか・・・・)
絶望が支配していく。
ふと、意識が消えそうになった。
「バカ! なに諦めてんのよ!」
レイシアの声が遠くで聞こえる…
しかし、それは幻聴ではなかった。
「“必ず、全員で生きて帰る” でしょ?
忘れたとは言わせないわ!」
何故レイシアが大丈夫なのか、疑問に思ったが、
その答えはハインツが示していた。
ハインツは掲げていた。
“昇竜の数珠”を。
今やそれは、ダンテルクの、暗黒の霧と対極的な、
神々しいばかりの輝きを放っている。
その無数の光が、暗黒の霧を制御し、
3人の周りを照らしている。
あの時、レインドマージと戦った時と、同じだった。
七つの宝石は、溢れんばかりの光りを称え、
苦痛と憎悪に呻くリビストス__カーチェスの顔を照らしている。
不意に、リビストスは表情を変えた。
目は血走り、おもむろに、台座に近づく。
「こうなってしまっては仕方がない!
今こそ、封印の解かれる刻!
暗黒神ウェルベインよ、我が前に、そのお姿を!
アズィクリム、ゼクトリード、フェリゲラ!!」
(しまった…)
3人は思った。
たった今、封印は解かれてしまった。
刹那、大広間の中心部に位置する、像が動き出した。
突如、霧と波動が広がり、3人とリビストスは吹き飛ばされた。
ラヴァレンは、その像の変化に驚愕した。
ラヴァレンほどであろうか、高さは決してない。
しかし、毒々しく膨張した体は膨れあがっていた。
黒に紫がかった肌をしており、ただ破壊のみを求めるその瞳は、
赤く光っていた。
ウェルベインは、滑るように床を移動し、
4人に向かって波動を放った。
大気が脹れる錯覚に陥り、4人の耳を激しい切り裂くような痛みが襲った。
リビストスともども、4人は床に体を打ち付けられた。
激しい痛みに、目がくらむ。
しかし、3人はあることに気づいた。
カーチェスとリビストスが分離しかかっている!
リビストスにとっても、それは誤算であった。
もがき、表情に苦痛が走る。
「ラヴァレ…なのか? 俺は…がああ!!」
一瞬カーチェスの声が聞こえた。
しかし、
「ジャマヲ…ジャマヲスルナ…」
再び、カーチェスの目が妖しく光った。
「アーレスト・クレカリオン!」
呻きながらも、リビストスは呪文を唱えた。
威力は多少弱まっていたものの、
3人を、追いつめるには十分だった。
雷、炎、氷の三種類の痛みが、3人を同時に襲う。
直前、ラヴァレンとレイシアが
エスペグとメルビークで回避していなければ、
3人は死んでいただろう。
再び床にたたきつけられ、意識が遠のきかかる。
「くっ、メルビーク!メルビーク!!」
消え入りそうな意識の中で、ラヴァレンは無意識のうちに、
治癒呪文を連続して味方に施していた。
はるか後方で、リビストスがほくそ笑む。
ラヴァレンは、思わず叫んだ。
「お願いだ!
カーチェス…元のカーチェスに戻ってくれ!
君は、そんな…君がいなくなったら…」
思わず、涙が溢れる。
微かに、リビストスの表情が変わった。
その瞬間、二度目の波動が、4人を襲った。
まだ完全ではないがらも、威力は先ほどの波動よりも高かった。
ラヴァレンの治癒呪文である程度治っていた3人の体を、
またもや骨のきしむような衝撃が走る。
またもや意識の消えかかったラヴァレンは、
微かな暖かさを感じ、思わず顔をあげた。
その目に見えたのは…カーチェス、紛れもなく本来のカーチェスだった。
治癒呪文を3人に施していたのは、カーチェスだったのだ。
本来、ラヴァレンや、レイシアよりも遙かに高い魔力をカーチェスは持っていたので、
3人の身体は、瞬く間に癒えていった。
おぼつかない口調で、カーチェスが話し始める。
「ありがとう…ラヴァレンがあの時叫んだおかげで、
奴の下に埋もれてしまった、自分の意識が戻りかけてきたんだ…
ごめんな…俺ともあろうものが妙なものに取り憑かれちまって…
でも、もう大丈夫だ!
悪の血は、俺で終わりにしなきゃいけない。
俺はこれから、“最後の魔法”を唱えなければならない。
…お前達も、旅に出た時に比べて、ずいぶん逞しくなったじゃないか。
最後までお前達の成長を見届けられないのが残念だけどよ!」
いきなり、場違いな事を話し始めた、ラヴァレンは戸惑った。
「おい、何を言い出すんだよ、カーチェス。
最後まで見届けられないってどういう事だ?」
しかし、レイシアは全てを悟っているかのように言った。
「ダメ!
“最後の魔法”なんて唱えたら、あなたの身体が壊れちゃうわ!」
それを聞いたカーチェスは、怒りもせず、悲しみもしなかった。
彼は、笑った。
まるで冗談でも言うかのように。
「ハインツ、あの2人を守ってやってくれ!
さぁ、3人とも下がってな!」
「カーチェス…
本当にやるんだな、あの呪文を…」
ハインツは重々しい顔つきで聞き返す。
「ああ!
約束…果たせなくてごめん!」
そういって、カーチェスは一人ウェルベインに向かって駆けていった。
「やめてっ、お願いだから!
カーチェス!」
レイシアの制止もむなしく、カーチェスは魔法の詠唱を始めた。
「わが命の全て、英雄の力となれ!
魔に仕えし者に、裁きの鉄鎚を!!
ガルセルク!!!」
カーチェスが、光りに包まれる直前、3人に見せた表情は、
やはり笑顔だった。
しかし、その頬には、一筋の涙が伝わっていた。
彼が見せた、最初で最後の涙だった。
爆音が轟き、空間がねじ曲がる。
カーチェスが3人を思ってかけたのか、
魔法練習用のスペリクライドで、3人は衝撃を受けなかった。
再び霊状態に戻ったリビストスは、その強大な光の中に、
包み込まれ、朽ち果てかけていた。
「グ…そんな…ようやく復活できたと思っていたのに…
だが、私が死んでも…ウェルベイン様が死なぬ限り、
私はいつでも甦る!
わが命よ、ウェルベイン様の生きる力となれ!
真の復活を遂げ、今こそ世界を崩壊させるとき!
ウェルクァイド・リベルヴァイン!」
自らの生命をかけた、復活呪文と破壊呪文が3人の眼前を交錯する。
目の前を、光と闇が飛び交い、凄まじい破壊が目の前で広げられる。
3人はその間、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
寸刻ほど過ぎたであろうか。
3人の周りにはもうホールの跡形もなく、
朽ち果てた瓦礫が至る所に散乱していた。
そして…そしてそこにはリビストスと、
3人の心強い仲間…カーチェスの姿はなかった。
「そ…そんな…」
レイシアが地面にへたり込む。
ラヴァレンも溢れる涙を止めることは出来なかった。
しかし、大事な仲間を失い、悲しみに暮れる3人を、
今度は恐怖に突き落とすかのような声がした。
「私は完全に甦ったぞ…」
そこには、より大きく、おどろおどろしくなったウェルベインの姿があった。
「太古1000年、私はアシュラスに封印された…
だが!
私は甦ったのだ!
さぁ、まずは貴様達を血祭りにあげ、世界破滅へののろしを上げる!
覚悟しろ、子童ども!」
そう言い、ウェルベインは先ほどとは比べものにならないほどの波動を放った。
青白い光が、3人に向かって放たれる。
その刹那、ラヴァレンの目の前を何かがかすめていった。
紺色の胴体。
竜が3人を乗せ、波動の届かないところまで運んだ。
「何故、竜がこんな所に?」
「きっと…カーチェスの使った最後の祈りが、
通じたのよ。
そう、私たちは悲しんではいられない。
カーチェスの為にも…」
疑問に答えたレイシアも、歯を食いしばり、
涙をこらえているようだった。
背中は震えている。
代わりに、ラヴァレンが力強く言った。
「そうだね。
カーチェスの最後の魔法を使っても、
ウェルベインの悪しき心までは滅ぼせなかった。
僕たちが倒さなきゃ!」
再び、決戦前夜にそうしたように、
3人は手を重ねた。
「聖剣エクスカリバーよ…
我に今一度力をお与え下さい…」
ハインツは心の中でそう祈った。
やはり不安だった。
カーチェスの命を犠牲にしてまでの魔法を使っても、
ウェルベインまでは倒すことが出来なかった。
でも、ハインツは信じたかった。
(ベルモードルにも、私の仲間が待っている。
だからこそ、世界の破滅はなんとしてもくい止めなければならない。)
その時、先ほどの竜がハインツの前に降り立った。
訴えかけるような眼でこちらを見る。
(私にどうしろというんだ_? まさか、乗れと?)
ハインツは驚き、竜を見返した。
しかし、ハインツに向かって、先ほどの波動が放たれる。
(しまった…ここはひとまず…)
ハインツは迷わず竜の背中に飛び乗った。
すると、竜はその時を待ちわびていたかのようにウェルベインに向かって猛進していった。
時折、波動がハインツの身体を掠めるたびに、痛みが走る。
しかし、彼は諦めていなかった。
古より伝わる剣__エクスカリバーを柄からだし、
眼は、ウェルベイン一点を見つめている。
「ゆくぞ、ウェルベイン!
貴様を倒す!」
ウェルベインも叫ぶ。
「無駄な事はするな!
貴様なんぞに余は倒されん!」
何度目であろうか、再びハインツに向け波動…威力が強すぎるためか、
より青みがかった波動が彼に向け放たれる。
しかし、ハインツは怯まなかった。
彼は“死”を覚悟していた。
立て続けに来る波動、ハインツは竜に乗っていることもやっとだ。
しかし、とうとう剣先を当てることが出来た。
「ウェルベイン、覚悟!」
ウェルベインの胸元に聖剣エクスカリバーは深々と傷を付け、
ウェルベインは苦痛に顔を歪ませる。
血とは呼べないほどの毒々しい体液が刻まれた傷口から溢れた。
「後は…頼んだ、ラヴァレン、レイシア…」
ハインツも、意識がとぎれた。
竜がまだ攻撃の届いていないところにハインツを運んだ。
ウェルベインからやや手前に位置するところに、2人はいた。
先ほどのハインツの一撃により、ウェルベインもかなりダメージを受けていたが、
苦痛におののきながらも、波動を放ってくる。
「貴様ら…」
鋭い形相で睨みつける。
その眼はもはや体液の色に染まっていた。
「余を倒そうなどとは、甘く見られたもの!
貴様らには、特別に、この私の究極の魔法をもってして、
死に誘ってやろう!
アグラクテム!!!」
ウェルベインはそう言い放つと、全身を震え上がらせ、呪文を放った。
その呪文がどうなったかはレイシアは覚えていない。
ただ、身体と心が分離するかのような感覚に襲われた。
ふと、見慣れた光景が目の前に浮かんだ。
(そうだ、ここはクレイトルの村だわ…
懐かしい…)
暖かさが全身に伝わる。
レイシアは、草っぱらの真ん中に寝っ転がっていた。
ふと、声が聞こえる。
「…イシア…レイシア…」
何かしら、うるさいわね、と思いつつ、周囲を見渡してみる。
誰もいなかった。
なんだ、空耳か…
再び、寝っ転がろうとした瞬間、また声が聞こえた。
「レイシア!!」
この声は___カーチェス___?
ハッと気づく。
自分は、天界に戻ってきていた。
見ると、数珠が魔法の威力を軽減し、
竜が少しでも威力が弱まる場所に2人を運び、
ラヴァレンが必死に治癒呪文を施していたのだった。
全て、レイシアのために…
「良かった!」
ラヴァレンが叫んでいた。
治癒呪文の唱えすぎか、すっかり顔が蒼白になっていた。
「あの後、僕らは気を失ってたんだ。
気づいたらここにいてさ。
今ウェルベインは、アグラクテムを唱えたせいか、
動きが鈍くなってる。
魔法をかけるなら、今だよ!」
その声で、レイシアはいつものレイシアに戻った。
「うん、今しかないわね。」
しかし、これまでに行った魔法で、ウェルベインに有効な魔法は、ありそうになかった。
その時、レイシアが囁いた。
「ねぇ…私たちなら、もうこれが出来るようになっているはず…」
レイシアが取り出したのは、魔法書だった。
そして、おもむろに二つの魔法を指さす。
「レムゼスカとロスカルド。
この二つをあたし達が同時に使えば…もしかしたらって思ったの。
ラヴァレンは、まだ魔力、残ってる?」
レイシアが控えめな口調で聞いてきた。
無理もない、ラヴァレンの身体は、
先ほどレイシアに施した
メルビークとメルレイクルの魔法で確実に蝕まれていたからだ。
しかし、ラヴァレンは答えた。
「当たり前さ!」
あえて気丈を装い、笑顔を見せる。
「さぁ、いくぞ!ウェルベイン!」
お互いに、同時のタイミングで印を結ぶ。
2人は、複雑な古代語を、一字一句間違えることなく、
同じ速さで、正確に詠唱していく。
「コーラス・ロスカルド!」
「コーラス・レムゼスカ!」
2人の呪文は、見事なまでに、ぴったりと息が合っていた。
2人とも既に満身創痍で、立っていることがやっとだったため、
最後の呪文に祈りをこめ、その場に倒れ込む。
炎属性で最強の威力を持つロスカルドは、
幾百、いや幾千ほどの火柱を生み出した。
とてつもない高温から、その火柱は透明に近かった。
神聖属性で最強の威力を持つレムゼスカは、
大空を覆うかと思われるような白銀の膜を作り、
光を放ちながら進んでいく。
お互いがお互いの魔法の威力を増幅しあい、
それはこの世のものとは思えないほどの究極の威力を持った。
そして、その二つの魔法が、一点で交わるとき、
そこにウェルベインの姿があった。
凄まじい爆風が巻き起こり、幾千もの火柱がやみ、
神々しい光の膜がようやっと跡形もなく消え去った時、
そこにウェルベインの姿はなくなっていた。
かつて、伝説の英雄アシュラスがやったように、
再びウェルベインを封印することに成功したのだった…