2.王都ラエンフル


「旅に出よう」

言ったのはカーチェスだった。

他に行く場所もなかった二人は、

カーチェスに従った。

そして、3人は初めて外の世界へと足を踏み出した。

森を進み、茂みをかき分け、

1行は進んでいく。

悲しみを忘れるために早足で。

涙をこらえながら、

3人はもう戻ってこない

楽しかった日々を忘れようと

必死で歩いた。


歩き続け、10キロほど進んだだろうか、

不意をついて3人を何者かが襲った。

長い角が1本、赤い眼。

インプだった。

この世界にはまだ魔物が存在し、

旅人の命を喰らおうと、

至る所に潜んでいる。

インプはその中でもかなり下級の魔物だった。

とっさに困惑する、ラヴァレンとレイシア。

二人とも魔物と戦うのは初めてだった。

「落ち着け!」

カーチェスが叫んだ。

「おまえ達も習ったはずだ!

魔物の事も!

インプは弱い!

それぐらいわからないか?」

インプが襲ってくる前に、

「クナッド!」

杖を振りかざし、

カーチェスが唱えた。

赤い閃光がまっすぐにインプの体を貫き、

インプの姿が消えた。

「へへー気をつけろよ!

もっと強い魔物もたくさんいるんだから」

ラヴァレンは驚いていた。

カーチェスのなれた戦い方。

内心、あれだけ冷静なカーチェスに妬みすら感じた。

おそらく、レイシアも同じ事を思っていたのだろう。

唇を軽く噛んだ様子で僕を見ている。


離れていてわからなかったが、

カーチェスとレイシアとは、

よき親友では会ったが、それと同時に

ライバルでもあった。

悲しみの次にでてきた感情が

妬みなんて…

ラヴァレンは小さく苦笑した。

その日は、そこでキャンプをすることになった。

さっきの戦いを機に、

レイシアも落ち込んでばかりいては

いけないと思ったのだろう、

目的地を決めようと言ったのは、レイシアだった。

「近くにラエンフルという王都があるぞ」

言ったのはやはりカーチェスだった。

「だいたいここから150キロぐらいだな。」

まあ5日あればつくだろう。

第一、これからの生活のことも考えなきゃいけないしな。

金とかも足んねーし。」

次の目的地は、ラエンフルに決まった。

ラヴァレンはドキドキしていた。

これから何が起こるのか。

どんな旅になるのか。


ラヴァレンはまだ14歳だ。

精神面もまだ完成しておらず、

心の変化も激しい。

それが功を奏したのか、

ラヴァレンの心はもう変わっていた。

村を失った悲しみは大きかったが、

今のラヴァレンにはそれを乗り越えようという決心がもう固まっていた。

そして、

「カーチェスなんかより優秀な魔法使いになってやるぞ」

というちょっとした野心も。

3人で手を合わせ、

「これからの私たちの旅が順調でありますように、ファーラム!」

そう祈った。

3人とももう覚悟を決めていたらしい。

とその時、

「グゥ」

3人同時に腹が鳴った。

「俺たちヤベーな。

腹なるタイミングまで一緒だぜ!」

「あはははは」

久々に3人の間に笑みが広がった。

「さーてメシにすっか!」



王都ラエンフルに向かおうと決めてから3日。

ラヴァレンとレイシアは

着実に外の世界になれていった。

インプ程度にはもちろん、

巨大な姿で空中を飛び、翻弄してきた

ガルーダ相手のレイシアの反応が素晴らしかった。

「セイント」

まばゆい光が杖の先端から発せられ、

あまりの眩しさに、

ラヴァレンは驚いた。

空全体に広がったような錯覚に陥らせるその光は

ガルーダを包み込み、

ガルーダの姿を消した。

「すげえ!」

ラヴァレンとカーチェスが感嘆し声を上げる。

「ふふん。

私だって村で遊んでた訳じゃないんだから。

毎日修行窟の中で、本を読んで勉強したのよ」

レイシアが得意げに鼻を鳴らした。

レイシアも努力してたのか…

全く気づかなかった。

ラヴァレンは引け目を感じた。



(はーあ)

小さなため息。

4日後の夜だった。

またあの本の1節を思い出して、

やはり何故か目が冴えて、

眠れずにいた。

外にでてたき火にあたる。

小さなたき火がただむなしく炎をたたえている。

(なんかみんな昔みたいじゃなくなっちゃったなあ…)



ふと、レイシアが来ていた。

眠そうにラヴァレンの近くに来た。

カーチェスは大きないびきをかいて寝ている。

(はーあ)

またため息を漏らした。

「どうしたの?

ガルーダの戦いの後から様子が変よ!

ははあ、さてはこの私に今になって惚れたとか?」

何言ってるんだよ。

勝手に話を続けるレイシアをよそ目に、

ぼそっと言ってみた。

「なんか二人とも変わっちゃったよな。」

それを聞いたレイシアは答えた。

「なんで?昔から変わってないわよ?」

「僕は引け目を感じているんだ。

君たちがあまりに魔力とかその..強くなって。

なんか嫌なんだよ、そういうの。

もっと昔みたいに無邪気の方が

よかったなあ…なんて思ってたり」

うまく言えない。

「あんた、ばっかじゃないの?

そんなこと気にしてたの?

私が何のために一生懸命勉強したか。

それは、これよ!」

レイシアは1冊の本を取りだした。

なに?ラヴァレンは目を見張った。

この表紙…どこかで…

「天地歴程。

遙か昔の天と地の関係についての歴史書よ。

此にはウェルベインについての事も書かれている。」

そんなことは気にならなかった。

それよりも、ラヴァレンは見つけた、ある1節を。

「天界から授かりし数珠を得た時、

古の邪気は封印されん」



「あら知っているの?

私が言いたかったのはこれよ。

村人はゴブレットを適当に

扱っていくうちに、

ゴブレットのもう一つの意味を忘れてしまっていたのよ!

天地歴程のその1節とともに描かれていた挿絵に、

ゴブレットが描かれていることを。

そのゴブレットが、数珠とともにあり、

天界の歴史と深く関わっているということを確信した。

恐らく、アシュラス、そしてウェルベインまでもが関わっている。

あれがなくなってしまうと世界が恐ろしいことになる....」



「大人の人たちには話したわ。

でも、相手にしてくれなかった。

だから、私は勉強したの。

自分で世界を守るために。



祭りの時、ゴブレットがなくなっていた。

それ以外は、「紺炎の夜」は何の変化もなかった。

それなのに、村が焼けたのよ。

この異変とゴブレットを

関連づけずに、この異変を考えることが出来る?」



ラヴァレンはただ驚いていた。

レイシアがそんな使命感をもって魔法修行に打ち込んでいたなんて。



それと同時に、ひどい嫌悪感に悩まされた。

自分はなんてちっぽけなことで悩んでいたんだろう。

その夜はなかなか眠れなかった。

「僕はこれからどう生きていけばよいのか…」

それをずっと考えてた。

レイシアの言ったこと。

身震いすら感じた壮大な話だった。

僕も世界のために何か出来るかもしれない。

そんな事が、一晩中考えた結果だった。

勇者気取り…はたから見たらそんな風に見えるかもしれない。

しかし、ラヴァレンは使命感をもった。

小さい小さい使命感で、

自分以外の何かのために頑張ろうと決意したのだった。



6日目、大きな外門を見たとき、3人は歓声を上げた。

「ラエンフルに着いたぞ!」





王都ラエンフル。

そこには人工3万5千の大規模な城下町があり、

中央部分に位置する荘厳華麗なラエンフル城には

気品が漂っていた。

外にはまだ魔物がでているのだが、

町は意外に活気があり、

食料品屋、宿屋、日用品屋などが軒を並べており、

ステンドグラスの光 の輝くラエンフル中央大聖堂が

重々しい雰囲気をまとってたたずんでいた。



カーチェス意外はまだ村をでたことがなかったため、

一つ一つの建物を指さしては、 興奮していた。

「ねえ、見て!

変わった形の野菜!

あれは何というの?」

レイシアがまるまると積み上げられた野菜を指さし、言った。

「あれはキャベツというんだ。

見たことなかったのか?

確かに村では栽培されていないが….

あ、待て!何処行くんだ!」

このような会話が飛び交い、

ラヴァレンも混じって笑い会う。

こんな事は久しぶりだった。

ラヴァレンはもう気にしていないが、

この姿こそが、昔の3人の姿だったのかもしれない。

大聖堂で礼拝を終え、3人は宿屋に向かった。



次の日。

狭い食堂の1角で、3人は相談していた。

やや固まったパンを食べながら、今後どうしていくかを決めていた。

「人並みな仕事は出来ないな.....」

やはり最初に口を開いたのはカーチェスだ。

「考えてもみろ。

おまえ達は14年間村からでることはなかったんだぞ?

ここは村とは違うんだ。

常識も違うし、悪いやつ、人を平気で騙そうとするやつもいる。」

3人は黙りこくった。



「手品なんてどう?」

意外にも口を開いたのはラヴァレンだった。

ラヴァレンの説明を聞くうちに3人の口元に笑みが広がる。

くすくす笑いをこらえなくなった。

「それに決まりだな!」



“意外な仕事”は案外盛況になった。

3人は物を浮かせたり、物を変形させる事は容易に出来る。

魔法を習っていてよかったと3人は心底思った。

ラヴァレンが帽子に剣を突き立てる。

帽子は破れず、入れた剣は消えてしまう。

観客から歓声があがった。

続いてレイシアがその帽子からウサギを取り出す。

大人達は驚き、子供達は黄色い声をあげて喜ぶ。



そして、最後はカーチェスがそのウサギを帽子に入れ、

なんともとあった剣に戻す...

観客は驚くあまり、声も出なくなる。

といった具合だ。



旅費はみるみるうちに溜まっていき、

1週間で革袋がいっぱいになるほどの銀貨、銅貨、

金貨も当分の間生活できるほど溜まった。



カーチェスもここまでのことは想像していなかったのか、

目をしばし、ぱちぱちさせた。

そして、やがてそれは国中に広まり、王の知るところとなった。



広大なラエンフル城。

カーチェスすら王との謁見はしたことがなかった。

立派な口髭をたくわえた温厚そうな王、

キカルス8世が姿を現した。

「よくぞ来たな。

そなたは不思議な手品をやってのけるというが本当か?」




------本当は3人とも、キカルスとの謁見は快く思っていなかった。

まだ村以外で“魔法”の存在は知られておらず、

その存在が発覚すると、まずいことになるからだ。

本来はいろいろと旅の心得をもって、村をでていくものなのだが、

今回はあまりに突発的すぎて、そのようなことをすることが出来なかった。

結果、キカルスになんとか気づかれないようにすることに決めた。

果たしてそんなに巧くいくのだろうか...



「ええそうです、陛下」

「儂にも見せてくれぬかな?」

「え?」

予想外だった。何故王はこんな事をするのだろう。

そもそも旅芸人などしょっちゅういるというのに、

なぜ僕たちだけ呼ばれたんだ?

とりあえず、町でやって見たことを一通りしてみた。


終わるとキカルスは喜ぶこともなく、怒ることもなく、

そして、不気味に笑った。

「なかなか面白い。」

「ところで向こうの山で火災が起きたのを知っているか?」

「え?」

また同じ事を言ってしまった。

何故そんなことを今?

「北の関所から連絡があったのだ。

未開であるはずの山の中で黒い火が燃えあがっていたと」


3人はドキリとした。

「やはり」

「兵士達よ、私と客人だけにしてくれるかな?」

兵士達はそそくさと立ち去っていった。



やがて、部屋にはキカルスと3人だけになった。

「誰かが盗み聞きしておるようだな。

レクラーヤ!」

何処がで、バチンとはじける音がした。



何が起こったんだ...3人は顔を見合わせた。

当惑していると、王は不意に高笑いした。



「ははは、やっぱりクレイトルの者か!

おっと、そう怪訝な顔をするでない、

儂の1族も元々はあそこで魔法修行を行っていたのじゃ。

今ではすっかり衰えてしまったがな。

あの村が焼けたと聞き、本当に悲しかった。

しかし身分上人の目が厳しかったので、助けることが出来なかった...

今こそそなたたちの力になりたいのじゃ

何なりと申すがよい」


「実は...」

レイシアが口を開いた。

「実は、ゴブレットを探しているんです。

リビストスとアシュラスの名前が彫ってある。

陛下はご存じありませんか?」


「何?

おまえ達はいったい何をやろうとしているのだ?」

キカルスはたじろいだ。

「ウェルベインが何かを起こし、

世界を破滅させようとしています。

それをくい止めたいんです!


私たちにはもう帰るところがありません。

邪悪な者がおこした火によってです。

私は村人達の仇を討ちたいのです。」

レイシアは強く言った。

目には純粋かつ強い意志が表れ、口調もりりしかった。


「ふむ...そなたらはそのような事をしようとしているのか。

確かに、ウェルベインとゴブレット、「呪縛の聖杯」と呼ばれている

のじゃがな。それらは深いつながりをもっている。

確かにゴブレットを取り戻さない限り、世界は破滅してしまうじゃろう。


ふう...ここから東、ラスポーダの村をさらに東に行ったところに、 ある洞窟がある。

はるか昔、アシュラスがそこに自らの書を隠したという記述が この城には残っておる。

もし、本当にゴブレットが盗まれたのだとしたら、

それは魔物に違いない。

アシュラスの事じゃ、魔物の根城の一つでも書いてあるかもしれん。

あのゴブレットは“光の泉”という天界の湖に投げ込まない限り、 壊れることはない。

そこに辿り着いた者はかつてに誰もいないのじゃ。

人も、魔族も。

ゴブレットはこの世界のどこかに、必ず眠っているに違いない。

どうだ、やってみるか?」



「行ってみます。

そしてゴブレットを取り戻します!」

いったのはラヴァレンだった。

王は他の2人の意志を確認するように見つめ、言った。

「そなたたちに希望を託すとしよう。

兵に旅費と馬を用意させる。

あと...これをもっていくがよい。」

王は玉座から数珠を取り外した。

「はるか昔、我が1族がクレイトルに住んでいた頃から

受け継がれていた物じゃ。

先代の王が死ぬ前日、儂もこっそり受け継いだ。

儂には子供はおらん。

この数珠を授けてもよいじゃろう。

何かの役に立つかもしれん。

もう時間じゃ。今日はこの城で食事をとるがよい。」


「本当ですか?」

3人は最後の一言で顔を輝かせた。

王はやれやれ、と顔をゆるませた。

その日はひときわ豪華で、ひときわ楽しい晩餐となった....