4.航海
「船を貸してほしい?
君たちがかい?
はっはっは、冗談はよしてくれよ。」
ルサスについた1行は船を借りようとしたが、
軽くあしらわれてしまった。
「くそっ!子供だからと思いやがって!」
カーチェスは舌打ちした。
「どうにかして他の船に乗せて貰えないかしら?」
レイシアが尋ねた。
しかし、魔物が海にまで出現するようになった現在、
ましてや極寒の北の大地に旅立とうとする者など、いるはずがなかった。
「どうすればいいんだ…..」
途方に暮れる3人は宿屋の食堂で話し合っていた。
キカルスから貰った金貨はまだ十分に余っており、
何かを購入するたびに、3人は感謝していた。
しかし、グァイゼンにたどり着けなければ、
キカルスの厚意も無駄になってしまう。
その3人の後ろを大剣を背負った細身の男が通りかかった。
その男は宿主と話した。
「船を借りたいんだが、借りられるのか?」
「わからない、近頃物騒だからな。」
「何とかして北に行けないものか…」
男が最後にぼそりと呟いた言葉。
3人はそれを聞き逃さなかった。
「待ってください!」
ラヴァレンは声をかけて、男を呼び止めた。
「あなたは北に向かおうとしているのですか?」
そう、尋ねた。
「何故お前達はそれを知っている!?」
3人はその強烈な眼孔にたじろいだ。
何とかやり過ごしたのは、カーチェスだった。
「僕たちも、北に向かっているんです。
グァイゼンの絶壁を上るために。」
グァイゼンの絶壁、男の眉が微かに動いた。
「どうやらただのいたずらではないようだ。
話してくれないか?」
そうして、4人は宿屋の1室に集まった。
3人は、旅の目的、これまでの事、
そしてウェルベインの事について話した」
「数珠?ま、まさか。それを見せてくれないか!?」
男は数珠、という言葉に過敏に反応した。
「待ってください、あなたは誰なんですか?」
カーチェスが尋ねる。
「ああ、すまなかった。
私はハインツ。一応剣士をやっている….」
そうして、ハインツという男は兜を取った。
深く澄み渡る青い眼。
美しい金髪は兜をかぶっていたにもかかわらず綺麗に整えられていた。
長身で細身だが、腕の筋肉と眼が
熟練した強さと意志の強さを物語っていた。
レイシアは思わずどぎまぎした。
「元々は私は南のベルモードルという国に仕える王宮戦士だった。
しかし、魔物が凶暴化していることを察知し、
私はアシュラスの洞窟へ向かった。
既に書物は残っていなかったのだが…部屋の前にあった
無数のひび割れ、傷からここで相当激しい戦いが会ったことが予想できた。
それだけで世界の異変を察知するには十分だった。
ベルモードルに残った書物を読みあさり、
何とかグァイゼンの絶壁の存在を知ることが出来たのだが…」
「じゃあ、やはりウェルベインが復活することを知っていたのですね?」
ラヴァレンが尋ねると、「ああ」と小さく頷いた。
「そして竜を召喚するための3つの物が必要であることがわかった。
紺炎、ゴブレット、そして数珠だ。
数珠はお前達がもっているのはそうかもしれない。
後で見せてくれ…光を放ったことが偶然とは考えにくい。
ただ、紺炎は失われた“魔法”の力を使わなければ不可能と聞く。
キカルスに力を貸してほしいと頼んだところ、
“そなたの助けになるものがおるかもしれん”
と言われてしまった。
どうすれば良いんだ…」
真剣に悩むハインツを見て、3人は素性を開かすことを決めた。
「僕はカーチェス。こいつらはラヴァレンとレイシアです。
僕たちは、魔法の村クレイトルの生き残りです。」
「何っ?」
「そして、この数珠なのですが、果たして…」
「それこそが、竜を召喚するために使う、“昇竜の数珠”だ。
その7つの石が、動かぬ証拠。」
「やっぱり…」
3人の予感は、確信に変わった。
やがて、ハインツは口を開いた。
「そして、お前達のおかげで希望が見えてきた。
紺炎と数珠は既に我々の手にあるということだ。
あとはゴブレットを取ればウェルベインの復活を止めることが出来る。」
「そうか、よーし!」
3人も気合いを入れた。
ハインツのおかげで、船を借りることも出来た。
3人は感謝したが、大人だったら簡単に船を貸す主人には不服だった。
翌々日、1行は海に出た。
新たな仲間、ハインツを加えて。
潮風が吹く。
太陽が燦々と照りつける。
ラヴァレンの美しい蒼い髪がなびいた。
昼下がりの平和な時間。
ここ半年、色々なことがあったな….
ラヴァレンはふと考えた。
半年前までは村で無邪気に遊んでいたんだよな….
その時はまだ自分がこんなにもなるなんて思いも寄らなかった。
今から、僕たちは魔物の根城に乗り込む。
アシュラスの洞窟でさえ、強い魔物達がいたのだ、
強大な力を持った魔物達との激戦になるに違いない。
(はーあ)
久しぶりにこぼれ出たため息。
(っといけない、いけない。
ウェルベインの復活を止めるためにも、頑張らなきゃ。)
ラヴァレンは昼食に向かった。
「おお、やっと、王子様のお出ましだな。」
えっ?とラヴァレンは驚いた。
「なんだ、本当に忘れてたのか?
今日はお前の誕生日だぞ!」
「あ。」
そうだった。
確かに今日は自分の誕生日だ….
あまりに旅が大変すぎて、忘れてたんだっけ。
「おい、ハインツがお前のためにメシ作ってくれたぞ。」
船の1角に、一つ広いテーブルがあった。
純白のテーブルクロスがかけられ、美味しそうなご馳走が
所狭しと並んでいた。
「大変だったんだぜ〜ここまでするの。」
「あんたが鈍感で良かったわ。
気づかれずにすんだもの。」
な…
薄々感じてはいた。
ハインツが仲間になった後、様子がおかしくなったことは。
こんな事を考えていたのか…
「この旅はさ、俺たち村が焼けちゃってでて、
さらにウェルベインの復活を止めなきゃいけない。
だから何となく暗い旅になりがちだろ、だから、今日は騒ごうぜ!」
ラヴァレンは3人に感謝した。
さっきため息をついたのは嘘のように心が晴れやかになっていく。
いい仲間をもてて本当に良かったと思った。
実際、ハインツの食事は良かった。
「騎士見習いは下働きの一環のして、
ナイト達の食事を作らなければならなかったんだ。
だからたいした腕ではないが…」
と言っていたが、そんなことはなかった。
山羊肉のチーズを食べているときに、思わず、
「うまい!」
といったときハインツが心からうれしそうな顔をしたのをラヴァレンは見た。
その日はとても楽しい昼食になった。
夜、ハインツとラヴァレンは星を見ていた。
「今日の食事、良かったです、ハインツさん。」
「そうかい?あのような物で喜んでくれるならうれしいな。」
和やかな会話が繰り返されるとき、何かが滑る音がした。
ズッ….ズズズッ….ズズ…
きしむ音も混じり、二人の目の前に巨大なイカが現れた。
海の覇者とも言われる巨大な魔物、クラーゴンだった。
突如の魔物に驚きながらもラヴァレンは冷静に印をくみ、
唱えた。
「イーゼラスカ!」
もう既に全く苦することもなく唱えることが出来るようになった
イーゼライの上級魔法。
すさまじく大きな火柱がクラーゴンに向かっていく…
焼けたにおい。
クラーゴンは焦げた。ラヴァレンのイーゼラスカが効いたのだ。
しかし、クラーゴンは奇声とともに、ラヴァレンを絡ませようと、
つっこんでくる。
「くそっ!」
ラヴァレンは、案外呪文が効かなかったことに舌打ちし、
またイーゼラスカの詠唱を始めようとした。
「待て!」
そのときハインツがラヴァレンを制した。
「海の魔物には炎はあまり効かない!
ここは私に任せるんだ!
聖雷烈滅破!!!」
声と同時にハインツがクラーゴンに斬りかかる。
クラーゴンの体から鮮血が吹き出すと同時に、
白い閃光もクラーゴンを貫く。
雷鳴のような音が轟いたと思うと、
一瞬にしてクラーゴンは消え、戦いは終わった。
「何…?」
ラヴァレンは驚いてが、ハインツはそれに答えた。
「これは“聖剣技”と呼ばれるものだ。
闇黒剣技とは対になっている。
切った相手を無に帰し、安らかにする。
書物で読み、密かに鍛えたんだ。
まだまだ未熟だが。
ウェルベインを討伐するためにはこのぐらいしなくてはね。」
そういって、ハインツは部屋に戻っていった。
満天の星空が広がっていた。
空には冬の訪れを意味する、不死鳥(フェニックス)座がでて、
旅立ちの頃は初夏だったのが、いつの間にか冬になりかけていた。
ラヴァレンは大きくのびをすると、自分も部屋に戻っていった。
航海はなかなか順調だった。
船の操作は以外に簡単で、4人とももう慣れていた。
ルサスを出発してから3週間、
魔物の襲撃も少なく、予定通り北に向けて船は進んでいった。
途中、女性の姿をしたマリードや、海月型のヒアディスなどの魔物が
襲ってきたが、4人の魔法と聖剣技の敵ではなかった。
少し肌寒いかな、と思っていたら、
もう船に雪がちらつくようになっていた。
ルサスを出て1ヶ月と半分。
そして、
「見えたぞっ!!」
目のいいカーチェスが言い、
他の3人もカーチェスの指す方向を見た。
「うわあ…」
まだうっすらとであるが、高くそびえ立つ絶壁が見える。
紛れもなく、グァイゼンの絶壁だった。
その日の夕方、4人は船を止めることが出来そうな所を見つけ、
船を止めた。
いよいよ、魔物の根城に乗り込むのだ。
そう考えると、嫌でも4人の胸は高鳴った。
翌日、4人は船をおいて、グァイゼンの絶壁を登れそうなところを探した。
半日ほど歩くと、切り立った崖に、道のようなものがあるところまで来た。
「どうやら魔物の通り道のようだな…」
ハインツが呟いた。
確かにそうだ。
あれだけ大きな場所なのだから道があってもおかしくない。
「行こう!」
カーチェスの一声で、4人は道を登っていった。
北に近づいたため、寒さが4人を襲う。
毛皮で出来たマントでしっかりと身を包むが、それでも手のふるえは止まらない。
「早く焚き火しようよ…」
つい口からこぼれ出る。
「ここは魔物の巣窟なんだ、目立つことをしたら怪しまれる。」
カーチェスが諭したが、4人は度々焚き火をした。
4人が3度目の焚き火をしていたとき、
夕方近く。
うっすらと出ていた太陽も沈み、夕闇が世界を覆い、
視界が悪くなりかけていた。
崖から何かが落ちてきた。
焚き火に感ずいたのだろう、
アークウィザードが現れた。
昔、アシュラスの洞窟へ向かうとき、カーチェスの
「アーレイン・ドウファウト」が出るまで苦戦していた敵だ。
カーチェスは舌打ちし、印を結び、「アーレ…….」と詠唱をしようとした。
「待って!」「待ってよ!」
ラヴァレンとレイシアがカーチェスを制した。
カーチェスがたじろぐと、ラヴァレンが、
「僕たちもカーチェスとの修行以外に密かに練習を続けていたんだ!」
ラヴァレンが得意げに言うと、
「私たちはその成果を試したいの!」
レイシアも言った。
ハインツは無言のまま頷いた。
話している間にも敵は迫ってくる。
二人は同時に印をくみ、
「アーレスト・クレカリオン!」
そう唱えた。
それはなんと、
「アーレイン・ドウファウト」の上級魔法だった。
3属性の他に、大地の地力が魔物に襲いかかる。
瞬殺、という言葉が似合うかもしれない。
一瞬だった。
3属性が融合し、それに別の力が加わる。
とてつもない衝撃に魔物は痛みすら忘れ、
その生命を絶たれた。
「やった…」
2人とも安堵の吐息を出し、その場にへたり込む。
「バーカ、魔力を使いすぎだぞ?
そんなんでここ登れるのか?
やれやれ、これだから未熟者は…
まあ、よくやったな」
カーチェスは憎まれ口を叩いたが、顔には笑顔が広がっていた。
その夜は、魔物の休憩所らしき洞窟を見つけ、
そこで眠ることにした。
だが、いつ奇襲があるかどうかもわからないので、
3時間ごとに見張りをたてることにした。
さあ寝ようという時、
レイシアが空を指さした。
幾色もの薄い光の膜が空を、
時に水平に、時に斜めに、ゆっくりと移動していた。
寒い地方でしか見られない自然の産物….オーロラだった。
今はうす緑色のオーロラがゆっくりと移動している。
4人は思わず感嘆し、しばらく魅入った。
大自然は厳しい試練をもたらすが、それと同時に
偉大なる産物を与えてくれる時もある。
思わぬ自然からの贈り物に、4人はしばしの安らぎを感じた。
山道を登りはじめてから、3日ほどたった時だった。
登りはじめの地点がはるかしたにありかすんで見えなかった。
「やっと来たんだ!」
そう実感した。
木で出来た扉を破り、中に入ろうとした…
その時!
溢れんばかりの魔物達が4人めがけて現れた!!