「天界から授かりし数珠を得た時、
古の邪気は封印されん」
小さい頃、祖父の
古い本棚から見つけた本の1節だ。
何で今思い出したんだろう…..
1.紺炎の夜
ラヴァレンは目を覚ました。
空にはまだ満天の星空が広がっていた。
その日は何故か目が冴えて、
家の外にでた。
そのとき、女の声がした。
金髪の整った顔立ちだ。
「あんたも眠れないの?」
「なんだ、レイシアか。何で起きてんの?」
「ばっかね。眠れる訳ないじゃない。」
そうだった。
明日は「紺炎の夜」だ。
いまさらながら体に緊張が走る。
僕たち…ラヴァレンとレイシアが住む
クレイトルの村の年間行事。
「紺炎の夜」はその村の
1大イベントだった。
この村にはまだ、“魔法”が存在する。
しかし人々は魔法をあまり使わず、
その存在を悟られないよう、
山奥に隠れるように、村はあった。
この村には長年の間、
14歳になったら、
1人前の魔法使いになるための
“試験”を受けることを許されている。
試験はいたって簡単で、
紺色の炎を魔法で起こせるかというもの。
簡単に出来る者もいれば、
何年修行を積んでも出来ない者もいる。
ラヴァレンとレイシアも今年14歳。
明日のこの試験にのぞむつもりでいる。
二人とも自信はあったが、
やはり緊張して眠れないのだった。
「緊張してる?」
答えなんてわかりきった質問をレイシアは聞く。
「してないに決まってるだろ」
見え見えの嘘を、ラヴァレンもつく。
こうした会話が繰り返され
ようやく緊張もほぐれてきた。
空が明るくなってきてしまった。
「いけない!もう寝ないと」
「おやすみ」
二人とも床についた。
お互いが成功することを祈りながら….
「紺炎の夜」の日…..
二つの太陽は照りつけ、
小川の勢いのある流れが
生命の誕生を予感させた。
ラヴァレンも目覚め、
祭りの準備に取りかかった。
いよいよ今日だ。
再び緊張する。
「よう、元気してる?」
久々に見た顔。
もう一人の親友、
カーチェスだった。
彼は、僕達の一つ年上で、
1年前に「紺炎の夜」の試験をパスした。
あの夜、カーチェスの作った炎は
蒼々と燃え上がり、天高く舞昇っていったことを、
今もラヴァレンは鮮明に覚えている。
「あのようになりたい」、そう思って
ラヴァレンはここまで厳しい魔法修行に耐え抜いてきた。
その成果が試される日が今日だ。
そう考えると、やはり緊張してしまう。
「おいおい、コチコチだぞ。
大丈夫か〜?」
カーチェスはからかった。
現在、彼は世界中に巣くう
魔物達を、無に返すための旅をしている。
今では15歳とは思えないほど精悍な顔立ちをしており、
だいぶ自分とは離れてしまった気がした。
小さい頃はレイシアと3人で、
無邪気に遊んでいたのに。
内心寂しさを感じながらも、
「緊張してないに決まってるよ。
カーチェスみたいに簡単に合格してみせる!」
と、口では言っておいた。
「せいぜい頑張りな。」
そう言って、カーチェスは祭りの準備に戻った。
村人達はこの日のために、
その年取れた1番の酒を蓄え、
宴を催す。
「紺炎の夜」は、
皆、毎年心待ちにしている
盛大な祭りでもあった。
ラヴァレンは家に戻り、
「スペリクライド」
と呼ばれている
結界を張った。
その中で、最後のおさらい。
唱える呪文は案外シンプルだ。
「リビストス、アシュラス!」
それだけだ。
小さな紺色の炎ができ、消えていった。
本番は、もっと大きな炎を作らなければならない。
ただ今回は、場所がなかった。
ところでこの呪文は
人の名前らしい。
「アシュラス」は知っている。
かつてこの世界を、
強大な魔導エネルギーを用いて支配した、
「ウェルベイン」を討伐するために、
蒼い炎をあげて、天界に飛び立ったという勇者だ。
それがこの試験のもとでもあるらしい。
外にでると、村人達が慌てていた。
祭りの時に使う、
2つのゴブレットのうちの一つがなくなっていた。
この世界に存在する2つの太陽を
尊んだ物らしく、
それぞれに、「リビストス」「アシュラス」の
名が刻まれてるのを見たことがある。
「くだらない物だ。」
ラヴァレンは思っていた。
そのゴブレットが目立つところに
飾られることもなく、
その祭りの時ぐらいにしか使われていなかったからだ。
村人も、同じ事を思ったらしく、
祭りの準備はそんなことを気にとめる事もないような様子で、
準備を進めた。
一通り終えると、夜になっていた。
明るかった太陽はいつの間にか沈み、
外は闇1色に染まっていた。
リュートの音が聞こえてくる。
どうやら宴が始まったらしい。
ラヴァレンもリュートの音が聞こえるところへ言ってみた。
まだ祈祷の歌が終わってなかった。
カーチェスとレイシアはもう来ていた。
駆け寄ると、魔法によるものではない、
真紅の炎が煌めき、
祈祷の歌がまるで空全体に響き渡るかのようだった。
「きれい…」
炎を見ながらレイシアが呟いた。
ラヴァレンもその美しさに
しばし心を奪われていた。
やがて、祈りも終わり、
いよいよ、試験がやってきた。
最初はラヴァレンだった。
これまでにない緊張に身震いする。
足がふるえ、レイシアの
「がんばって」の声も聞こえない。
ラヴァレンはたいまつに歩み寄り、
唱えた。
「リビストス、アシュラス!」
大声で言ったはずなのに炎は
無情にも発せられなかった。
「リビストス、アシュラス!」
「リビストス、アシュラス!」
何度も唱えたが炎は発せられない….
ただ、むなしく声が空にこだまするだけだった..
何故?どうして?
今のラヴァレンは完全に自分を見失っていた。
「残念でしたね」
その一言で、
ラヴァレンの努力は終わった。
言いようのない悔しさと悲しみ。
気がついたら一人、
とめどめもなく涙が流れていた。
冷静に考えたらおかしかった。
なぜ炎があがらなかったんだ?
練習では完璧だったはずなのに…
その日は何故か他の人もおかしかった。
失敗に失敗を繰り返し、
成功者が一人もいないまま、
最後のレイシアを迎えることになった。
レイシアも予期せぬ展開に戸惑っている。
(何故ラヴァレンは出来なかったのかしら..)
そして、レイシアが、唱えた。
「リビストス、アシュラス!」
その瞬間、紺?いや黒々とした
炎があがった。
その炎は止まることなく、燃えさかっている。
ラヴァレンは異変に気づき、
急いでレイシアを救出に向かった。
気絶しているレイシアを
助けに来てくれたカーチェスと二人で
抱えながら安全なところに連れて行った
村はもう火の海になっていた。
先ほど村人が叫んでいた言葉、
「ウェルベイン..」
この炎がウェルベインと関係あるのか?
ラヴァレンにはさっぱりわからなかった。
「倉庫に逃げ込もう!」
カーチェスの一言でハッと気づき、
倉庫の中に逃げ込んだ。
それからは何が起こったのかわからない…
村長や長老が魔法で対抗し、
それがかえって炎の力を増幅させていた….
いったい何時間たったのだろうか…
炎がなくなり、外にでてみた。
「地獄」
想像上のものが現実になった、
ラヴァレンはそう思った。
村ではあちこちにまだ紫色の煙が立ちこめ、
芽生えの春で花の香りが広がっていたが
今では、腐乱臭が漂い、
白骨化した何人かの村人達が、
無造作に朽ち果てていた。
「ひどい…」
いったい、あの祭りの時に何があったのだろうか?
今回の事がウェルベインと関係あるのか?
何故こんな穏やかな村が襲われたのか….
全くわからなかった。
生存者はいるのだろうか?
3人の胸の中にはもはや悲しみしか残されていなかった。
キセルクス鳥が3人の不安に
同情するかのように鳴いていた。