8.最後の奇跡
小一時間ほどたったときであろうか。
3人の意識が戻ったのは。
地面に激しく残っている痕が、激闘を思い出させた。
「やっと終わったのね…」
と、レイシア。
3人も安堵し、頷く。
ハインツがそこで口を挟んだ。
「僕たちは、まだアシュラスのやったことを繰り返しただけなんだ。
このままでは、また何者かがウェルベインを復活させてしまうかもしれない…」
レイシアがその言葉に応えた。
「方法が一つだけある…
この天界にある、“光の泉”にゴブレットを沈めるのよ。
そうすれば、この世界からゴブレットという存在が消えて、
地上世界とのつながりが断ち切られることになるわ…
つまり、もう二度とウェルベインは復活しない。」
「さすが!」
2人は感嘆した。が、すぐにあることに気づいた。
「じゃあ、もう僕らは地上には戻れないということに…?」
「そうなるわね。でも仕方がないわ。
アシュラスですら成し遂げられなかったことを、私たちはしようとしているのだから。」
3人は決意を固め、光の泉へと向かっていった。
神殿から遠ざかると、そこには広大な平原が広がっている。
天地歴程によると、この平原を進むと、光の泉に着くという。
雲一つ無い、爽やかな晴天の平原を、3人は歩いた。
ウェルベイン、ゲヴリス、そしてリビストスの悪しき魔力が消え去った今、
世界は平和に向かっていた。
溢れるばかりの魔物達も徐々にその勢力を弱め消滅するだろう。
この上なく平和な天界で、ラヴァレンはまた“生きる”事がいとおしくなりかけていた。
無理もない、彼ら、ラヴァレンとレイシアはまだ14,15歳の子供なのだ。
半日ほど前に、同じ志を持った仲間を失い、
全力をかけて死闘を繰り広げ、
ようやく手に入れた平和を、彼らがいとおしく思わないはずはなかった。
だから、光の泉に到着した今も、彼らはそのゴブレットを投げ入れることが出来ないでいる。
光の泉は、泉と言うよりむしろ湖に近く、青々と透き通った水が美しい湖面を作っていた。
この世の物…まさしく天界にしか存在しないであろうその絶景に、
3人は目を奪われたのであった。
「ゴブレットを投げ入れないと、また同じようなことが起きるかもしれないのよ!」
さっきからレイシアが説得しているが、ラヴァレンはなかなか踏み出そうとしない。
「だいたい、なんで僕らがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ…
ウェルベインだって倒したのに!」
その時、不意にラヴァレンの顔を、ハインツが平手打ちした。
パァン、と音が響く。
「な、なにするん…」
ラヴァレンが抵抗しかけ、その手を止めた。
ハインツの顔に、涙がしたたっていたからだ。
「先刻の戦いで、最後、君が魔力を一か八か最後の魔法に賭けたときの
勇敢さはなんだったんだ?
いいか、死ぬのは誰だって怖い…
だが、君が世界を守ろうと必死になっていたときは、
それさえも恐れていなかった!
今一度、その勇気を見せてくれ……」
ラヴァレンは、ハインツがこの言葉を発するだけでも精一杯だと言うことを悟った。
ハインツにも、ベルモードルで待っている者がいるはずなのに。
その彼の勇気を、無駄には出来ない、そう思った。
「わかった!
さぁ、みんなで投げ入れよう!」
三度、3人は手を合わせる。
そして、ゴブレットを泉に投げ入れた。
ゴブレットは、小さな波紋を立て、
深く沈んでいき…見えなくなった。
(これで本当に終わったんだな…)
ラヴァレンは安らかな気持ちで目を閉じようとした…
その時、ラヴァレンは見た。
その眼前にまた、あの竜がいた。
(ゴブレットを泉に沈めたはずなのに…どうして?)
内心戸惑いながら、もう一度前を見た。
やはり、竜がこちらを見ている。
その瞳は、いつになく、焦っているようにも見えた。
「乗れって言ってるのかな?」
レイシアと顔を見合わせる。
「とにかく、乗ろう!」
3人が乗った瞬間、竜はそれを待ちわびていたかのように、
急降下していった。
見る見るうちに、高度が下がる。
あまりのスピードに、2人は振り落とされかけた。
見ると、竜が若干色あせてきている。
唯一、竜に平然と捕まっているハインツが言った。
「どうやらこの竜は、僕たちを助けようと、ここまで来たらしいな。
ゴブレットが完全に無くなる前に、竜が地上世界まで戻れば…
私たちは、助かる!」
竜は段々と色が透けて来たようだった。
息づかいも荒く、今にも消え入りそうだった。
地上が見えてくる。
ラヴァレンは祈った。
(どうにか、地上に着くまで耐えてくれ!)
激しい音を立て、竜が不時着する。
どこかの平原らしい所に3人は振り落とされた。
3人は、呆然と竜を見つめる。
竜は満足げにのどを鳴らし…消えてしまった。
「ところで…ここはどこだ_?」
果てしなく平原が広がる…
と思いきや、遙か彼方に登楼が見える。
世界一の高さを誇ると言われている、人口の建築物、ラエンフルの登楼だった。
「じゃあ、ここはラエンフル?」
思わぬ所への到着に3人は驚き顔を見合わせていると、
前から、人間…兵隊らしき軍団が3人に向かって歩いてきた。
その軍団の中心…そこにはラヴァレンとレイシアが頼りに出来る、人物がいた。
「やはり、そなたらか!
おや…貴公も一緒だったか!」
愛想笑いを浮かべ、ラエンフル国王、キカルスが3人の元に歩み寄る。
「おや? あの金髪の青年…カーチェスは何処に?」
ラヴァレンが答える。
「リビストス…そしてウェルベインを倒すために、“最後の魔法”を使って…」
途端に顔つきが暗くなった3人に、キカルスも同情しているようだった。
そして、鮮明な記憶が甦り、再び涙に目を潤ませるラヴァレンとレイシアを、
キカルスは優しく抱擁した。
「そなたらは..本当によく頑張った…
今夜は城に泊まってゆくが良かろう。
そして…そなたらの旅の事を、儂に話してくれんか?」
「わかりました!」
それから、ラヴァレンとレイシアはラエンフル城で生活することになり、
ハインツはベルモードルに戻っていった。