最後の夜
ビュウゥ・・
時折吹き付ける突風。
孤独を感じさせる程の、静寂がまた訪れた。
明日は決戦だ。
間違いなく、生死を懸けた激戦になるだろう。
そのためにもちゃんと寝て、
万全の体制にしなきゃいけないのはわかっているんだけれど。
でも・・・僕は眠ることができない。
「見張りをしてるよ。
寝付けそうにないし。」
僕は見張り役を買って出た。
3人が寝静まった後、
僕は満天の星空が広がる、
平原の夜を眺める。
決戦の事を考えると、胸がざわめくのがわかる。
・・・寝てなんか、いわれない。
クレイトルの村を出てから1年。
ウェルベインを倒し、
世界に平和を取り戻すために仲間と共に旅をしている。
・・・なんて言うとカッコイイけど、
そんなに、甘い旅ではなかった。
カーチェス。
僕の親友。
口はあまり良くないけど、いつも僕とレイシアを優しく見守ってくれた。
呪文も、たくさん教えて貰った。
カーチェスがいなければ、
僕たちは旅の途中で途方にくれていただろう。
ハインツ。
途中の港町で出会った。
温厚で、でも気持ちは強くて。
最初は、“大人”だという隔たりも感じていた。
でも、今は違う。
ハインツは、厳しそうに見えるけど、本当はとても優しくて、
少し照れ屋さんだ。
彼の剣に、何度と助けられた事だろう。
そして・・レイシア。
小さい頃から、お節介で、
やたらと僕の悪戯を大人にちくったりした。
でも・・・本当にピンチの時には、いつも一緒になってくれた。
儀式の夜、レイシアの炎は広がり、
村を全焼させてしまった。
もちろん、それはゲヴリスのせいだったんだけれど、
レイシア自身は責任を感じている。
きっと、この4人の中じゃぁ、闘う意志は、最も重い。
でも、そんなのは微塵も感じさせない、
元気で、ほんの少し性悪な、女の子だ。
そんな4人で、苦労もあったけど今までなんとかやってきた。
だけど、それも明日で終わる。
明日、僕たちは命運を懸ける。
明日で全てが終わりなんだと思うと、なんだか・・・
・・・
ぼんやりと星空を眺め、
時折ぱちん、と弾ける焚き火の音に耳を澄ませた。
「ラヴァレン、見張り、変わろうか?」
暗闇から急に声がかかった。
その声に思わず振り向くと、
焚き火の明かり越しに、レイシアが僕を見つめていた。
「あぁ、じゃぁ頼むよ。」
僕が今座っている場所は、
草原を見渡せる場所。
こんなにだだっ広いんだからどこにいても変わらないとは思うのだけれど、
そこをレイシアに譲った。
・・・起きてたんだ、とは言わなかった。
・・・きっと、レイシアも僕と同じなんだと思う。
不安、恐怖、希望、ほんの少しの喜び。
明日が僕たちの旅の最終日だということ。
次から次へと押し寄せるごちゃ混ぜの感情を、
自分一人の中でもてあましている。
「・・明日で、全て、終わりなのよね・・・」
「あぁ。」
「終わっちゃうんだね。」
「・・・そうだよ。全部、終わる。」
「うん・・・・」
取り留めもなく、ぽつぽつと僕らは言葉を発する。
「・・・レイシア。」
「何よ?」
「・・レイシアは、不安じゃ、ない?」
「何に?」
「明日の事や、これからの事全て。 特に・・」
特にレイシアはつらい思いをしたからね、と言いかけて止めた。
それは、彼女が一番触れて欲しくない部分だろうから。
「あんたって・・・いつもいじいじしてばっかりね。」
「・・・いつもとはなんだよ。」
「・・私は、村の儀式で、
私のせいで、村は燃えてしまった。
・・・苦しかった。
うん、ゲヴリスの魔力だった事はわかってるの。
だから、ゲヴリス、そしてウェルベインを殺したいほど憎んでるわ・・・」
彼女の言葉は、僕が言いかけた問いに対する答えだろうか。
レイシアの紺碧の瞳が焚き火の炎を受け、
静かに燃えるように、輝く。
それは自分が村にしてしまったこと悔いているようにも、
心に込めた復讐の炎を燃やしているようにも、見える。
「でもさ。」
レイシアは、僕の方に顔を向ける。
瞳に光る光は、さっきと違って優しい。
「私が戦っているのは、復讐のためじゃないよ。
確かに、ウェルベインは憎い、でも、
私はそれだけの為に生きているんじゃない。
復讐の為だけに生きていられるほど・・・私は強くないわ。」
「・・レイシア・・」
気丈な彼女が、こんな事を言うのは珍しい。
僕は黙って頷き、彼女の言葉を待つ。
「ラヴァレン、これ、内緒よ。
実はね、私、今こうしてここにいるのも怖くてたまらないんだ。
・・・でも、カーチェス、ハインツ、そしてあんたがいてくれるから。」
「僕たち?」
あんた、と言ったときに、微かに彼女の頬が染まっていた。
驚いて、聞き返す。
「・・認めたくないけどね。」
「・・あんた達がここにいるから、私達はここにいられる。
途方に暮れていた私達が、
“旅”という居場所を見つけて、支え合った。
私、最初は一人で神様を憎んだりもしたけれど・・・
今は、感謝、してるかもしれない・・・
不安で、ドキドキしてたまらないけど、
私達が一緒にいられること、すごく幸せだから。」
僕は、こんな状況で「幸せだ」と言い切れる彼女の顔を見つめた。
「レイシアは、幸せなんだ。
僕は・・・正直不安でたまらないよ・・」
少し嫌みっぽいい言い方になってしまったかもしれない。
彼女の顔を見ると、
レイシアは呆れても、睨んでもいなかった。
一点の曇りもない瞳に、彼女の決心が浮かぶ。
「本当にあなたって・・・やれやれ。
仮にも私に幸せをくれたあんだが、
今さらびくびくしててどうすんのよ。」
言いながら、くすっとレイシアが笑う。
「せめて、私を失望させないでよね。」
「お節介は昔から変わらないなぁ・・・頑張る。
あぁ、不安はなくなったぁ!! よかったよかった。」
笑いながら僕は、レイシアにオーバーな動作をしてみせる。
レイシアは半ば呆れながらも、
あはは、と笑った。
「・・・あんたはそうしてる方が、
まだいいよ。
いじいじしてるよりは、ずっとね。」
本当にお節介な女の子だなぁ・・
そうレイシアに告げると、
少し拗ねたように違う方向を向いてしまった。
さっきのシリアスなムードはどこにいったんだ・・・
ふと、逸らされていたはずの視線を感じて、
僕は彼女の顔を見た。
「・・・これでも、少しはあんたの不安を払えるかなって思ったのよ。」
彼女の瞳は、優しい光をたたえていた。
「・・・ありがとう。
でも、でも、・・・正直・・」
やっぱり、明日どうなるのかわからない、
その不安は心の中から張りついて離れない。
レイシアは、また呆れた表情をしている。
「もう・・あんたってそんなにネガティブだったっけ?」
彼女は、眉を顰めながら、うーん、としばらく考える。
・・どうやら、僕の不安を意地でも取り除くつもりらしい。
しょうがないわね、と小さく舌打ちして彼女はこちらを見る。
「ねぇ、元気がでるおまじない、
不安がなくなるおまじないを思い出したんだけど。」
やってみる?と問いかける彼女。
まぁレイシアがこう提案したことだ、
僕が肯定しようが否定しようが、することになるのだろう。
「まず、片手を開いて。
そして、指を一本折るごとに、自分の大事な人の名前を1人、
心の中で言って。
数えるごとに少しずつ目を閉じていって、
5人言い終わったら、完全に目を閉じて。」
「・・え、それだけ?
てか魔法書にそんな呪文あったっけ?」
「いーから細かいトコつっこまない。
絶対、効くんだから。
ほら、騙されたと思って。」
「わかったよ・・・」
大事な人かぁ・・・
この旅の中で、いろんな人に助けられたもんなぁ・・
えっと・・まずは父親のように接してくれた、
キカルス陛下。
僕の身体のどこかに宿っている、英雄アシュラス。
そして、忘れてはいけない大事な仲間、
ハインツ、
カーチェス、
そして・・・レイシア。
これで5人。
こうして改めて思うと、
こんなに大切な仲間達と旅ができて、
僕は少しは・・・幸せだったのかもしれない。
指を折りながら最後に、レイシア、と心の中で呟いた後、
僕はゆっくりと目を閉じた。
その時。
つぶった瞼越しに感じる焚き火の明かりが、急に弱くなった。
唇に感じる、柔らかい、少し濡れた感触。
驚いて目を開けると、思っていた以上に近くに、レイシアの顔。
頬を赤らめ、恥ずかしそうにしているその表情は、
僕が初めて見る、レイシアの表情だった。
あまりに突然すぎて、思い出したかのように、心臓がドキドキしてくる。
僕の頬も、レイシア同じぐらい赤くなっているに違いない。
「あ・・あの・・レイシア。
い、今のは・・?」
「キスよ。 そんな事もわかんないの?」
頭が混乱している。
なんでキスなんか?
なんで今?
なんで僕に?
どういう意味?
上手く回ってくれない頭で、しばらく考える。
・・しばらくして浮かんだ、一つの結論。
「レイシア、お前・・騙したな?」
「・・散々考えた結論がそれ?」
やれやれ、と彼女は肩をすくめる。
頬は赤いままだが、
レイシアには呆れた表情が戻っていた。
「おまじないなんて嘘ついたな・・・」
「あら? 私は嘘なんか言ってないわ。
だって、おまじないは本当だから。
・・・元気、でたでしょ?」
僕を上目遣いで見ながら、呟く。
どきん、と僕の心臓が高鳴る。
ね、と問いかけてくるレイシアを見ていると、
元気以外の余計な何かも一緒にわき起こってくる。
しかし、そこらへんはなんとか理性で押さえ込み、
「あぁ。」 と短く返事を返した。
「・・・よかった。
これで不安だったら、私は一晩中悩むところだったわ。
じゃぁ、私寝る。」
ふあぁ、と欠伸をして、レイシアが立ち上がる。
見張りのことなど、すっかり忘れているみたいだ。
彼女は、自分のテントへと、歩き出す。
そして・・・
入り口で、ちらっと僕を振り返り、言った。
「こんなコトするの、ラヴァレンだけ、なんだからね。
・・・じゃぁ、おやすみ。明日は頑張ろうね。」
そう言い、レイシアの姿は見えなくなった。
少し、寂しさと安堵感を感じる。
胸の不思議なざわめきは、今は驚くほど落ち着いている。
レイシアの、おかげだ。
雲一つ無い、大平原の夜。
穏やかな眠りの淵で、僕は決意を固める。
明日の戦いは、ウェルベインを倒し、
世界に平和をもたらすためのもの。
だけど、僕にはもう一つ戦う理由ができた。
レイシア、君を守るために、僕は戦うよ。