5.ゴブレット



「やはりばれていたのか!」

カーチェスは舌打ちした。

魔物は50,いやもっといるかもしれない。


「イーゼラスカ!」

ラヴァレンが唱えたが、魔物達は臆することなく押し寄せてくる。

「ゼビス、レストラーヤ!」

レイシアのおこした聖なる風と光も、

魔物達を少しばかり傷つけることが出来たにすぎなかった。


「ダンテルク!!」

カーチェスも呪文を唱えた。

ラヴァレンがこれまでに聞いたことのない呪文だったので、

どうやら、新しく修得したらしい。

黒い霧が立ちこめ、魔物達を瞬く間に囲む。

今までの魔法に比べると、地味だな…

ラヴァレンはそう思った….

しかし、次の瞬間。

小さい金切り声をあげて50程いた魔物達のほとんどが消え去った。

何だ…?

ラヴァレンが驚いている間に、ハインツが残りの魔物を聖剣技で、倒した。


「あああ…」

4人はいきなり入り口で疲れてしまった。

特に、カーチェスは。

そして、いつもは会話の中心にいるはずのカーチェスが、どことなく物静かだった。




魔導書の端にあった、呪文、「ダンテルク」

カーチェスはそれを密かに修得し、先ほど初めて使った。

だが、その魔法には気になることが一つあった。

「暗黒の呪文」と、そこには書かれていた。

確かに、魔物の生命を一瞬にして奪い去るこの呪文は、

「暗黒の呪文」であってもおかしくはない。

でもなぜ、俺にはそれが使えるんだ..?

ふと、弱気な考えがカーチェスの頭によぎった。

いや、こんな事を考えては駄目だ。

俺には使命がある。今はその事のみを考えなくては…….

カーチェスは自分を叱咤し、

また何事もなかったかのように装い、話の中心に入っていった。


入ったとたんの襲撃以来、魔物の姿を見かけてはいない。

弱い魔物はそこに固まっていたのかもしれない。

そして、1度も魔物の襲撃がないまま、4人は最深部へ辿り着いた。

切り出した岩。毒々しい色をした池も点在した。

そして向こうには頑丈そうな鉄扉が見える。


恐らくこの先にはこれまでにない苦しい戦いが待っている。

だから、4人はひとまず休憩することにした。



沈黙。

みだりに声をたてると魔物に勘づかれてしまうから、というのもあったが、

今の4人は様々な思いを胸に秘め、自分の決意を固めていた。

「行くか。」

意外にも切り出したのはハインツだった。

3人は頷き、奥へと向かった。





「来る!」

ハインツが叫ぶ。

同時に、大剣の切っ先を敵に向け、駆けていった。

奇襲をかけたつもりが逆の展開になったことに慌てたのか、

謎の魔物は動揺した。

「無双光明剣!」

眩いばかりの光、それはハインツの大剣によってより光が増していた。

黒いローブのシルエットが移る。

魔物は左肩から右膝にかけてまでをハインツの剣によって

一刀両断された。

魔物の体からは鮮血が溢れ、

断末魔の悲鳴を上げてその場に倒れ込む。

見ると、それは数日前戦ったレインドマージと同種の エビルマージだった。


直後、4人はその前からやってくる悪意に満ちた気配を察した。


「ふふふ、なかなか面白い余興だったよ。

もはや我が配下などは敵ではないか。

余は、暗黒魔導師ゲヴリス。

おや?

そこにいるのは、レインドマージを葬った輩どもだな?

わざわざ来るとは身の程知らずにも程があるな。

さあ、その数珠をおとなしく渡して貰えれば、命だけは助けてやっても良いぞ?」

凄んだのは、魔法使い族で、強さが最上級に位置する、ゲヴリスだった。

赤いローブに、金のチョーカーを付けている。

嗄れた顔からは想像も出来ないような、張りがあり、そしておぞましい声だった。


「余は偉大なるお方、ウェルベイン様を復活させる。

さすれば、リビストス様の力を受け継ぐ者も必ずや我の味方になろうぞ。

今こそ永遠の呪縛を発動し、世界の破滅を実現するのだ!」

「そうはさせない!」

「ウェルベインの復活を止めて、世界は僕たちが守る!

そのために..お前を倒す!」

ラヴァレンも負けてはいない。



「所詮人間のお前達が、この私を倒すと?

はっはっは、これは面白いな。」


「村を焼いたのはお前なのかっ!?ゲヴリス!!」


「いかにも!私は邪神の炎をおこし、村を消滅させた。

村の輩どもは魔族についてからは逃げていたからな!

赤子の手をひねるも同然だったわ!」

「そんな…..許せない、僕は絶対にお前を許さない!!

イーゼラスカ!」


ラヴァレンは炎属性の魔法を放つ。

しかし、それはゲヴリスに傷すら負わせることは出来なかった。



「さあ、話は終わりだ!ここで貴様らは死ぬがいい!

アーレイン・ドウファウト、アーレスト・クレカリオン!!」

立て続けにゲヴリスは両方の手からそれぞれ違う魔法を唱えた。

片方はハインツに、片方はラヴァレンに向かっていった。

しかし、ラヴァレンは、これを予期していたのか、

すぐさま身構え、印を結んだ。

「プロテクト!」

大きな半透明のバリアーがラヴァレンの体を包む。

直後、アーレスト・クレカリオンの衝撃がラヴァレンを襲った。

プロテクトにより相当軽減されているはずなのに、この威力。

ラヴァレンはゲヴリスの魔力に、一瞬悪寒を覚えた。



一方ハインツの方は、アーレイン・ドウファウトを盾で防ごうとして失敗した。

「な…?」

雷、氷、炎。全く別の痛みがハインツを襲った。

あまりの激痛に顔が歪む。

これまでハインツは魔法をうけたことがなかった。

それが失敗し、ハインツは床に崩れ去った。

「頑張れ、ハインツさん!」

ラヴァレンとレイシアがハインツに魔法をかける。

レイシアはプロテクト、そしてラヴァレンは、「メルレイクル!!」を唱えた。


メルレイクル。

それは古の治癒呪文でありながら、その効果は

治癒呪文の中でも最高の治癒力を発揮する。

しかし、使用した者は、極端に魔力を消耗する。

場合によっては“死”を招き入れることにもなりかねない。

だが、あえてラヴァレンはここでその魔法を使った。

一つはハインツの聖剣技は4人の持つ技の中で、最も威力があるだろうと思ったか ら、

そして、もう一つは、ゲヴリスを動揺させるためだった。

その隙をラヴァレンはハインツに賭けたのだ….



カーチェスも戦闘に参加した。

「ファン」を連発し、相手の動きを止める作戦は、有効だった。

そこで、放ってみた。「ダンテルク」を。

敵の生命を奪う力のある、暗黒魔法。

それはゲヴリスには全く効果が無かった。


何__?

驚きを隠せないカーチェスを見、ゲヴリスは言い放った。

「お前は、暗黒呪文を使うのか。

何処で覚えたのかは知らないが、リビストス様の暗黒呪文を

儂に使ったところで、暗黒に回帰するのみだ!」

そう言い放ち、

「ダンテルク!!」

ゲヴリスが唱えた。

黒い霧がカーチェスを囲む。

死をもたらす黒い霧が。

やがてそれは騎士の形となり、邪神の剣でカーチェスの生命を絶とうとする。

カーチェスにはさっきのダンテルクでもう防御する魔力は残っていなかった…



だめか…

カーチェスの頭の中をよぎる、絶望。

しかし、邪神の騎士の姿は消え、カーチェスに傷はなかった。

何故だ?

カーチェス、ゲヴリスは同時に思った。


なぜあの少年に暗黒魔法が効かないんだ?

しかし、それによりゲヴリスには隙が生じた。

1瞬早く詠唱を始めたカーチェスは、

残る気力を懸け、気合い一閃魔法を唱えた。

「アーレイン・ドウファウト!!」

背後に回ったレイシアも続けて詠唱した。

「ゼビス・レストラーヤ!」


「私も負けない!

失った故郷のみんなの仇を取るのよ!」

雷、炎、氷、そしてレイシアの聖なる光が ゲヴリスの体を包む。

「グヴァァァァ!!」

ゲヴリスはよろよろと崩れ去る姿勢になった。

カーチェスとレイシアもその場にへたり込む。


「3人ともよくやってくれた…後は私に任せろ!!!」

刹那、ハインツが闘志をむき出しにし、

ゲヴリスを斬りつけた。

「無双光明剣!!!」

思い切り振り下ろしたその剣は

斜めにゲヴリスを切り裂いた。

しかし、これでは終わらなかった。

「聖雷烈滅破!!!」

逆斜めに今度はゲヴリスの体を斬りつけた。

胴体を斜め十字に切られたゲヴリスからは鮮血が溢れ出た。

「おのれ….よくも….

そうか…貴様らは“光の使徒”か…

だがこれで終わりではない…

予言には、こうも書いてある....

リビストス様は...英雄の子孫が...

世界を破滅から救おうと立ち上がる時...

新たな異体となって、復活を遂げると...

リビストス様が....封印をお解きになるはず......」



!!!

ハインツはあまりの衝撃に叫んだ。

「嘘だっ!そんなことは….そんなことはない!」



「信じなくても良かろう….

もう一つ教えてやろう….そこの男は….」

視線がカーチェスの方向に向いている。

「リ…」


ハインツの顔がさっと青ざめた。

それがゲヴリスの残した最後の言葉だった。

ハインツはしばらくそこに立ちつくしていたが、

しばらくしてその場に倒れ、深い眠りについた….




4人が目を覚ましたのは、半日ほどたったときだった。

「ん……俺たちは、ゲヴリスを倒したのか….?」

カーチェスが声をかける。

「私はあの後意識を失って….あっラヴァレンは!?」

レイシアも意識が戻ったようで、ラヴァレンの元に駆け寄る。



「………」

返事は返ってこない。

ただ、安らかな寝息が聞こえる。

「良かった…..」

2人は安心した。

「この年にして、メルレイクルを使うとは。

たいしたもんだ….」

ハインツも起きあがり、弱々しくほほえんだ。



どうやら全員無事なようだ。



3人はまだ寝ているラヴァレンをそっとしておくことにした。

ゴブレットは王座らしきところに飾られている。

「これだな…」

手に取り、しげしげと眺めてみる。

アシュラス。リビストス。

紛れもない、聖者の名印が刻まれている。

それは間違いなく、クレイトルの村から盗まれたものだった。

この世界を平和に導いた、アシュラス。

この世界を破滅に導いた、リビストス。

「これで揃ったんだな….」

カーチェスは数珠をだした。

カーチェスとレイシアの顔には、安堵した表情が浮かぶ。


「その事なんだが…」

突然、ハインツが話し始めた。

「実は…」

先ほどのゲヴリスの事を話した。

「何っ?」「そんな…」

カーチェスは驚きのあまり、目を見開き、

レイシアは落胆する。

「だが、まだ終わりではない!

リビストスを止め、

ウェルベインの復活をくい止めれば良いだけじゃないか!」

珍しく、ハインツが熱をこめて発言する。

「まだ間に合う、行こう!」



それから小1時間ほどしてであろうか、4人は出発した。