3.英雄の残したもの
広大な平原。
太陽が容赦なく照りつける。
今3人はアシュラスの残した洞窟の中継地点、
ラスポーダの村に向かっている。
「服がべとべとだ。
ああ、気持ち悪い...」
度々不平がおきる。
だが、今回はまだましだった。
馬を貰い、旅費まで用意してもらった。
しかし、それ以上にキカルスの3人への優しさが伝わってきた。
村を離れて以来、孤独だった3人は(特にラヴァレンとレイシアは)
他人の思いやりをうけ、元の生活を思い出し、涙ぐんでしまうこともあった。
移動中、魔物も襲ってきた。
インプ、ガルーダが多かったが、角で突進してくるホーンビースト
などの新手にも3人は負けなかった。
「クナッド!」
「セイント!」
「イーゼライ!」
最後の呪文はラヴァレンだ。
火柱が何本も現れ、魔物を飲み込んでいく。
その呪文には気迫がみなぎっていた。
「紺炎の夜」の失敗以来、
ラヴァレンは得意だった炎呪文を使っていなかった。
トラウマになっていたのだ。
しかし、決意を新たにした今、炎呪文を使ったのだ。
3人がラスポーダに到着したのは九日後の夕方のことだった。
日はもう沈みかけていて、町は暗くなり始めていた。
「急いで宿を探そう」
慌てて3人は宿を見つけ手配をした。
そこはラエンフルとは対照的な村だった。
かつては西のラエンフル、東のダームリアの中継地点の一つとして
賑わったラスポーダだったが、今は魔物の出現により、
すっかり衰退していた。
村人を見かけないメインストリートに、夜になって閉店してしまった店。
虚しさばかりが漂っていた。
「アシュラスにまつわる洞窟について、何か知っていますか?」
宿屋の主人に尋ねてみると、主人は顔を曇らせた。
「あんた達、あそこに行く気じゃないだろうなあ
あそこは今は魔物の巣窟だぜ。
それに宝を盗もうっていう盗賊達の噂らしいが、
そこから不気味な声が聞こえてくるらしい。」
3人は気を落とした。
次の日、保存食や治癒草などを買い、3人は再び旅に出た。
いつかあの村の夜を賑やかにさせたい…そう思っていた、。
もう後戻りは出来ない。
何が起ころうと3人は自分達で運命を切り開いていこう、と思った。
初夏の太陽は幾度となく照りつける。
ローブには汗がついていた。
ラスポーダを旅立ってから3日ほどたった。
たき火を囲む3人は眠そうだ。
そのとき、火が消えた。
「何?」
「キャア!」
「え?」
動揺を隠せない3人に魔の手が忍び寄った。
紺色のローブをまとい、しわがれた顔から憎々しげな目が向けられている。
魔物の中で最も最高ランクに位置する魔法使い族の魔物。
アークウィザードだった。
「何でこんな所にこんな強い魔物が...?」
「ゼイン!」
3人に衝撃がはしる。
5、6メートルほど後方にとばされ、突然の魔法に驚く。
麻痺の残る体でカーチェスは必死に唱えた。
「クナッド!」
赤い閃光は魔物をかすめる。
惜しくも命中はしなかったが魔物を驚かせるには十分だった。
「セイント!」
「イーゼライ!」
2人も援護する。
風と炎、刺すような閃光の痛みに魔物は追いつめられていった。
「アーレイン・ドウファイト!!」
カーチェスは気合い一千唱えた。
炎、氷、雷。
3方向から降り注ぐ別属性の攻撃はアークウィザードの所に集結し、
すさまじい破壊力を呼び出した。
魔物は苦痛に呻き、状態を崩した。
それは二人の見たことのない呪文だった...
まさか。
魔法書で見たことがある。
それは、炎の「イーゼライ」、
氷の「フリーゼス」、雷の「コルセイン」
この3種類の基本形呪文をマスターしないと
修得は難しいとされていた。
ラヴァレンは「イーゼライ」、
レイシアは「フリーゼス」と「セイント」しか習熟していなかった。
やはりカーチェスはすごい...
「すごい!」
二人は同時に歓声を上げた。
崩れ落ちる魔物を後目に、
「大丈夫かな?魔法もろくに使えない子供達よ。」
茶化しながらも、カーチェスの顔の方が蒼白だった。
魔法は使う物の命を削っていく。
今の敵は相当強いとカーチェスも確信したらしい。
3人はまた焚き火を囲み、先ほどの奇襲について話し合った。
「何故ここにあのような凶悪な魔物が?」
「わからない。アシュラスの洞窟は魔物の巣窟と
宿屋の主人が言っていた。
そして、不気味な声が聞こえてくる、とも。
もしかしたらそれと関係があるのかもしれない。」
「とにかく、今日はもう寝よう。」
くたくたになった3人は、特に呪文を多く使ったカーチェスは
いつもより早く眠りについた。
暑さが続き、平原には長い間雨が降らず、
草があまり生えぬ大地を、3人は駆け抜けていった。
保存食も半分程つきて焦ってきた頃に、ようやく朽ち果てかけた
洞窟の入り口が突然姿を現した。
遠くで水の落ちる音がする。
3人はたいまつの光を頼りにしながら進んでいった。
盗賊達の入った形跡は度々見つかったので、
3人はある程度、人が出入りしているのだということがわかった。
デーモンが襲ってきたときの二人の成長に、カーチェスは感心していた。
「イーゼライ」「フリーゼス」
二人は決してカーチェスを戦闘には参加させず、
自らも出来るだけ少ない魔力で戦おうとしていた。
旅の、特に洞窟などで気をつけるべき事、
強い敵のために魔力は温存しておく事を理解していた。
最初のインプとの戦闘を考えると、驚きもした。
あの二人もよい魔導師になるかもしれない...カーチェスは苦笑した。
洞窟に入ってから4時間ほどたっただろうか。
3人は幾つもの階段を下り、恐らく最深部だろうと予想される
場所に来ていた。
地上からの光はもはや1寸も届くことなく、
至る所に白骨化した盗賊かと思われる死体があった。
「なぜ?」
3人は前の階層には全くなかった光景に驚き、
そして、この階には何かあることを確信した。
「ここだ...」
青い扉が3人の目の前に現れた。
その時、何者かが炎を放って来た!!
奇襲。
まただ。
嫌な響き。前もそうだった。
ラヴァレンの肩に命中し、消えた炎は、
確実にラヴァレンの命をむしばんでいった。
「熱い!」
ラヴァレンの肩から瞬く間に血が噴き出し、
ラヴァレンは床に倒れ込んだ。
「落ち着け!傷は浅い!
落ち着いて治癒草を使うんだ!
ここは俺たちに任せておけ、エスペグ!」
ラヴァレンの周りを薄い膜が包み込んだ。
「ありがとう、カーチェス!」
ラヴァレンも叫んだ。
「おう、任せとけ!」
カーチェスは返事を返したが、内心どうなるかはわからなかった。
相手は、赤いローブにのぞかれる2つの冷徹な眼。
レインドマージだった。
3人がこれまで戦った相手のどの魔物よりも桁違いの魔物だった。
ここを切り抜けることが出来るか...
「先夜、貴様らが倒し追ったのはわしの配下!
よくもワシの右腕を奪いおったな!」
「ゼイン!」「コルセイン!」
レインドマージはたて続きに呪文を唱えた。
「キャア..うっ.....」
レイシアにも電光が命中してしまった。
その場にへたり込み、もがく。
カーチェスはラヴァレンと同じ指示を出し、エスペグを唱えた。
こうなったらこれしかない。
「アーレイン、ドウファウト!」
再び発せられた3属性の魔法。
すさまじい爆音とともに、レインドマージの体を破壊するはずだった。
すすけたローブ。呻く顔。
カーチェスは勝利を確信した。
が、その確信はすぐに裏切られた。
呻いていたはずの顔は不気味な冷笑にかわった。
「愚か者め、ワシは魔法使い族の上級者だぞ、
メルビークの2つや3つ、どうって事ないわ!」
レインドマージの高笑いが響く。そして、
「アーレイン、ドウファウト!」
嗄れた声がかすかに聞こえた。
何______?
そんな馬鹿な。
この呪文すら習熟しているとは。
ここまで強いとは!
次の瞬間、まず火が、カーチェスは焼け死ぬかと思った。
次に氷が、全く逆の痛みが襲った。
そして雷が。氷と火。全く逆の痛みによって
完全に痛みで無防備となってしまったカーチェスの体はもはや言うことを聞かなく
なってしまった。
意識が遠のく......
ラヴァレンはカーチェスが倒れるのを目の前で見た。
自分とレイシアのために貴重な魔力を使ってくれたカーチェス。
アークウィザードを1発で葬ってしまった、強いカーチェス。
ラヴァレンの意識は奮い立ち、再び戦闘への闘志を燃やした。
「カーチェス、レイシア、心して受け取ってくれ、メルビーク!」
ラヴァレンの唱えた呪文はそう難しいものではなかった。
初歩的な治癒呪文の一つだ。
しかし、ラヴァレンはこの魔法にすべてを懸けた。
透明な雫が舞い上がり、透明な風がカーチェスとレイシアを通っていく。
治癒草で癒えきらなかった傷を暖かく包み込み、治していった。
ラヴァレンは魔力を放出し、その場に再び倒れた。
目を覚ましたのは、レイシアだった。
見ると、ラヴァレンとカーチェスが倒れ、レインドマージが高笑いしている。
(今のレインドマージには私一人だけになって隙がある..今しかないわ!)
「アーレイン、ドウファ...」
まずい。
レインドマージが唱え終わる前にレイシアは急いで印をくみ、
自分の知っている魔法で詠唱に最も負担のかからないものを唱えた。
「ファン!」
小爆発とともに煙が上がり、レイシアは姿をくらました。
魔法書の最初の方に書いてある呪文ではあったが、
この状況では抜群の効果を発揮した。
「チッ、こしゃくなことを!」
舌打ちし、再び姿を現したレイシアに向かって新たに魔法を放とうとする。
しかし、今回ばかりは魔物も集中していた。
(勝負を焦りすぎたわ...魔力がほとんど残っていない。
だが、もう少しで勝者は決まる。ワシの勝利だ...)
「コルセイン!」
「セイント!」
同時に二人が魔法を放った。
二人の間で、電光と聖光がぶつかり、爆発を引き起こした。
しかし、レインドマージの魔力が上だったのか、
電光がレイシアの体の前ではじけ、レイシアはその場にへたり込んだ。
レインドマージは内心驚いていた。
(この若造どもにこれほどの力があるとは...)
レインドマージも隠せてはいるが、魔力をかなり消耗していた。
荒い息づかいが自分でもよくわかる。
早く片づけなければ、“あのお方”に申し訳がたたない...
仕方ない、今一度あの魔法で...
カーチェスは意識が戻った。
今までに体感したことのない痛み。
体全体をはしったおぞましい衝撃。
ふと、ある物が目にとまった。
カーチェスの貴重品袋の中で何かが光っている。
これは......?
数珠だった。
くすんだ光沢を放っていた黒々とした7つの宝石は、
まばゆいばかりに輝き、周りの宝石が、それを際だたせていた。
「何だこれは!?」
カーチェスは思わず、数珠を革袋から取り出す。
驚いていたのはレインドマージだった。
(な、何故この小僧らがこの数珠を...?
あれはアシュラスが封印したはず...
なんて強い輝きなんだ...もしかしたらあの小僧どもは..)
強い光が2度ほど発せられたかと思うと、ラヴァレンとレイシアは
起きあがった。
傷は完璧に癒えていた。
2人とも何が起こったのか理解できず、
ただただ、まばゆい光に眼をパチパチさせていた。
カーチェスの元に駆け寄り、数珠を見た。
その瞬間、3人は手を重なり合わせ、数珠を掲げた...
いや、数珠がそうさせた。
突如、7つの宝石から光があふれ出し、1点で凝結し、
レインドマージを直撃した。
(なんてことだ...あの小僧どもが“光の使徒”...
ウェルベイン様..すいません........)
レインドマージは砕け散った。
焼けこげたローブが残り、壁際の焼け跡が威力の壮絶さを物語っていた...
3人は今しがた起きたことについてしばし呆然としていたが、
思い出したようにラヴァレンが、「扉の中に行こう!」
といったので入ってみることにした。
数珠はまた、くすんだ色に戻っていた。
アシュラスが封印したという部屋は3人の予想に反するものだった。
部屋には質素なテーブルが一つ。上に1冊の書物が置いてある。
それ以外には、なにもない。
しかし、埃すら寄せ付けない静かなオーラがそこにはあった。
とりあえず、書物を読んでみた。
「この書物もついに人の眼に触れられる時が来たか...
恐らく、今ウェルベインが復活したか、もしくは復活しようと
しているのだろう。」
そう書き出しには、あった。
アシュラスも予知していたのだ。
いつしか邪悪は甦る事を。
「イシュタル(女神)の刻、私はクレイトルにて紺の炎をあげ、
竜を召喚し、天界へと昇っていった。」
(ええ?)
驚いた。
アシュラスは竜を召喚していたのか.....
そして、あの“紺炎の夜”に、アシュラスは竜にのって昇っていったのだ。
あの、「リビストス、アシュラス」にそのような意味も含まれていたとは。
ところで、ラヴァレンには気になることが一つあった。
アシュラスはこれほど有名なのに、リビストスの名前は聞いたことはない。
魔法書にも、天地歴程にも書かれていなかった。
ラヴァレンはアシュラスと名を連ねるほどの者なのだから、
きっと
何かの勇者なのだろうと思っていたのだが、
紺炎の呪文
の真意を知った今、無性にそれが誰なのか気になった。
ゆっくりと、リビストスの章をめくってみる。
いつの間にか、レイシアとカーチェスも固唾を飲んで見つめる。
「リビストス
私の戦った中で最も強い敵かもしれない。
私は家族を彼によって奪われ、以後仇敵として行方を追った。
しかし、結局わからぬまま私はこの書を記すことになった。
彼は悪魔でも怨霊でも魔族でもなく、人間だった。
しかし、彼は悪魔以上の残忍さで、
彼の使う“闇黒剣技”は人の生命力を吸い取り、廃人同様にしてしまう。
世界を平和に導いた私、アシュラスと、
世界を破滅に導いたリビストス。
対照的な私たちの魔力によって、“紺炎”は生じたと考えられる。」
3人は、今度は息をのんだ。
リビストス。
勇者。世界を救おうとした。
そんな予想は全く違った。
村の人たちは、こんな重大な事をうち明けなかったなんて。
やはり、レイシアの考えていたことも正しかった。
「リビストス、アシュラス」
は善と悪双方の魔力を意味する言葉だった。
リビストスはどうなったのだろうか。
あれから1000年もの月日がたっている。
もしアシュラスが言うとおり彼が人間であるのならば、
彼はとうに死んでいるはずだ。
ゴブレットの在処を探すまでに思わぬ事を知ってしまった3人は
思い出したようにゴブレットの章を探し出した。
「ゴブレット
紺炎、数珠とともに竜を召喚するためのもの。
リビストスとアシュラスの双方を空に掲げ、
紺炎がおこり、数珠を持ち祈るとき、竜は召喚される。
しばし宝物として人間界に出回り、
魔物の手によって脅かされてきた。」
「やっぱり!」
レイシアが言った。
「やっぱり、天地歴程に書いてあることは本当だったわ!
でもそれが竜だったなんて驚いた!」
「このままだとまずいぞ。
紺炎は修行を積んでない魔導師でも起こせる。
数珠がすでに魔物達の手にあるとすると、
ゴブレットと数珠と紺炎が揃い、竜を召喚してしまう。
そして......彼らは間違いなくウェルベインを復活させるだろう。」
カーチェスがいつになく神妙に答えた。
「とりあえずゴブレットを取り戻さなきゃ!」
口を挟んだのはラヴァレンだった。
そうだ。
1刻も早くゴブレットを取り返し召喚をくい止めなければ。
「とりあえず情報を探してみよう!」
付属されている世界地図を眺めてみる。
そこには3人のまだ見たことのない“海”が存在し、
アシュラスの手書きだろうか、1つ1つ丁寧に地名が書き込まれている。
もっとも、今と都市名は違っていたが。
そして見つけた。大陸の北端、海に囲まれた孤島を。
孤島にしながら険しい山の作図がそこにはされ、
中央に「グァイゼンの絶壁」そして「魔物...」で字が消えかかっている。
ゴブレットが魔物に奪われたとすれば、ここしかないだろう。
そして、ゴブレットが「魔物の手によって脅かされてきた。」
と書かれていたことからも、奪ったのは魔物の可能性が高いことは理解できた。
「次の目的地は決まったな。」
カーチェスが言い、先ほどの1点を指さす。
3人は“グァイゼンの絶壁”を目指し、アシュラスの洞窟を離れた。