FF8の真実(シナリオ編)

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FF8は映画でも小説でもない

よくFFシリーズは映画や小説に近いRPGだと言われる。確かに映画を意識した演出手法が盛んに取り入れられているが、FFシリーズは決して映画ではない。

  • RPGにあって、映画にないもの。それはプレイヤーが自分の手で情報を集めるという過程だ。
  • 昔のRPGでは、次の目的地や謎解きの答えを知るために情報収集は重要なものだった。
  • だが最近のFFには、それほど難しい謎解きはないし、次の目的地は必須イベントで説明してくれる。

では最近のFFでは情報収集なんて必要ないのか? そんなことはない。例えば、下記の発言は情報収集しなければ得られない。

「ダイヤは通常とおりに運行しているのですが…どうもガルバディアからの観光客が少ないんですよね。私の経験から言うとこういう状況は……何事もなければいいのですが」
Disc1序盤-バラムの駅員の発言より引用

「ガルバディアで大きなパレードがあるから私も行こうと思っているの。良い写真を撮って雑誌社に高く売りつけましょうよ」
Disc1序盤-バラム駅前にいる女性の発言より引用

寄り道先で待っているのは、クリアに向かって一直線に突き進むだけでは得られない、背景や伏線の宝庫なのである。
また、

エルオーネ「こんにちは」
スコール「……。保健室で会った」
エルオーネ「モンスターから助けてもらった」
スコール「誰だ?」
エルオーネ「思い出して」
スコール「思い出す?俺が?」
エルオーネ「私、忘れられたままじゃ寂しいもの」
スコール(…思い出す? …俺がこの女子を知ってる?)
Disc2中盤-ガーデン漂流中の図書館での会話より引用

こういう物語的に大きな意味を持つ寄り道もある。
 
これらは、必須イベントをこなすだけでは見られない、情報収集に力を入れることで得られる興味深い発言の一例だ。要するにFF8は、

システム面頑張って探し回ったプレイヤーには雑誌やG.F.の御褒美。
シナリオ面頑張って探し回ったプレイヤーには興味深い情報や楽しいエピソードの御褒美。

システムとシナリオの両面において一貫した姿勢を採用しているのである。
 
情報収集だけではなく、ライブラで読める文章やチュートリアルにも注目しておきたい。

エキストラたちのショートドラマ

FF8のシナリオ上の魅力の1つはエキストラたちのショートドラマだ。
アルティマニアには、

  • ガーデンを動かす男ニーダ
  • 食堂のぼやき3人組
  • 三つ編みの図書委員
  • カップルとその妹
  • 食堂のおばちゃんとその息子
  • ちび暴れん坊(+ホテルマン一家)
  • 整備工と新弟子
  • 釣り爺さんと弟子

などの例が紹介されているが、まだまだたくさんある。
例えば、F.H.にはこんな若者がいる。

男「バラムガーデンのマスターはノーグだったよな。もう変身したか?」
スコール「変身?」
男「ノーグはシュミ族だろ?だったら変身するはずだ」
スコール「シュミ族?」
男「おいおい!なんも知らないんだなあ。ま、気にすんなよ、少年。そのうち、いろいろ分かってくるって」
 
男「ノーグはどんな奴に変身するんだろ。怖えけど楽しみだな」
Disc2中盤-F.H.の若者の発言より引用

ノーグの名前が出てくるだけでもびっくりだが、そんな彼には1つの夢がある。

男「ここに住んでる奴らはほとんど元技師だ。よくこの近く歩いてる、ねえちゃんもそうだぜ。で、駅の近くに修理屋があるだろ? 意味わかるか? 並みの技術じゃないのさ。俺もいつかは修理屋やりたいもんだ。ここで…F.H.でな」
Disc2中盤-F.H.の若者の発言より引用

いつか修理屋になりたいと夢見る若者。だが、彼はちょっとしたキッカケで新しい可能性に気づく。

男「すげえコンサートだったなあ。空にぴかぴか光ってたのだけは見えたぜ。ああいうイベントの技術面でのサポートってのも新しいかもなあ」
Disc2中盤-F.H.の若者の発言より引用

スコールたちのコンサートが思わぬところで思わぬ人間の人生に影響を与えていたのだ。
 
また、筆者が個人的に好きなのが、

覆面教師「机の掃除がなっとらん! 図書委員の3人組め、またサボって菓子ばかり食ってるな! まったく、あいつらは集まればピーチクパーチク、1人でもピーチクパーチク。うるさいったらありゃしない!」
Disc1序盤-バラムガーデンの図書館での発言より引用

事務的な印象の強い彼らの中では珍しい、感情剥き出しの覆面教師。“ピーチクパーチク”の表現がいかにもおっさん世代ぽくて笑った(顔が見たいね)。

図書委員A「聞いた〜? また図書委員会の予算が削られちゃった〜」
図書委員B「なんで、そういうことするの〜? 私たちに対する挑戦ね」
図書委員A「いろんな委員会の中で図書委員会がいっちばん勉強に役立つじゃない」
図書委員B「ほんと、ほんと! どーして、風紀委員並みの予算しかもらえないの〜?」
図書委員A「まいっちゃうわよ〜。…ま、実際、本を買うためのお金は別予算なんだけど」
図書委員B「でもでも、そのほかの…。…おやつ代とか、目茶苦茶かかるもんね〜」
Disc1序盤-バラムガーデンの図書館での発言より引用

いよいよ覆面教師の反撃が始まった。だが、御存知のようにマスター派はゲーム中盤で全員ガーデンを離れる。あの覆面教師もガーデンを離れることになる。果たして、図書委員の無駄遣いを止める者はいなくなってしまうのか…?

ヤマザキ先生らしき人物「こら! 図書委員! 何をサボっているんだ! ちょっと来なさい!」
Disc3-ゼル調査イベント中の発言より引用

いやいや、そんなに話は甘くない。確かに覆面たちはいなくなったが、ガーデンにはまだまだ生徒にうるさい教師がいる。ヤマザキ先生なんかはその代表だろう。この調子だと、来期の図書委員会の予算(お菓子代)はますます減らされそうだ。
 
FF8には、こういうショートエピソードが、今までのシリーズでは考えられなかったほど用意されている。筆者の印象に残っているものを抜粋するだけでも、

  • スコールのことを先輩と慕う金髪の少年。彼はのちにガーデンは自分にとって家のようなものだと語る。
  • 仲良し女子3人組。ガーデン漂流中、校庭で聞ける発言がベタだけど面白い。
  • 夢の中でトンベリキングと戦う若者とその友人たち。

また、ショートエピソードというほどの規模ではないが、

  • 熱狂的な自動車マニアであることを隠しているのに、うっかり熱く自動車について語ってしまった女学生。
  • 彼女の本の好みに僻僻としている彼氏。
  • 想像以上に女性に人気のワッツ。ファンクラブやら弟子やら。田舎者のそっくりさんの支持者しかいないゾーンとの対比が面白い。
  • 人物相関図を作るのが楽しいバラムとティンバー。

こういう魅力的なエピソードも欠かせない。なにより、見る見ないをプレイヤーが自由に選択できる寄り道として用意してくれているところが嬉しい。

ゲーム開始5分で読める伏線

ガーデンネットワークの文章は伏線の塊だ。例えば、

バラムガーデンについて。
バラムガーデン学園長『シド・クレイマー』
バラムガーデン経営責任者(マスター)『ノーグ』
バラムガーデンはシド学園長のガーデン理念の提唱により最初に作られたガーデンである。
Disc1序盤-学内ネットワークの情報より引用

魔法
一般人がバトルなどで用いる「魔法」は正確には「擬似魔法」と呼ぶ。魔女研究の第一人者オダイン博士が魔法のメカニズムを研究し、編み出したエネルギー・コントロール技術である。訓練次第では誰でも使えるようになるが、一般人レベルでは訓練を積んだ者でも通常兵器の威力を上回ることは難しい。
Disc1序盤-学内ネットワークの情報より引用

G.F.
自立エネルギー体。擬似魔法との組み合わせにより膨大なエネルギーをコントロール可能になる。記憶の欠落などの副作用が知られているが、因果関係の証明は行われていない
Disc1序盤-学内ネットワークの情報より引用

魔女
古来より伝わる魔女の力を継承した女性のこと。最初の存在ハインが魔女の祖と言われているが確証はない。
Disc1序盤-学内ネットワークの情報より引用

これらの情報だけでも様々なことが分かる。

  • バラムガーデンがシド学園長とノーグの二重構造になっていること
  • G.H.と記憶障害の因果関係がはっきりした訳ではないこと(危険だと確定したわけではないが、安全だと確定したわけでもない。そんなものを教育機関が使わせるなんて…)
  • オダインだのハインだのの様々な伏線。
  • G.F.と組み合わせないと魔法が通常兵器の威力を上回るのが難しいという設定。

しかも、上記に挙げた3つはほんの一部にすぎない。中には、

バラムガーデン内での服装は自由。しかし、指示があった時は指定の服を着用すること。
Disc1序盤-バラムガーデン学内ネットワークでの情報より引用

なぜスコールたちは制服を着ていないのかという、ちょっとした疑問に対する答えまである。

バスカリューンの記は劇中にあった!

アルティマニアの巻末のショートエピソードの中で紹介されている『偉大なるバスカリューンの記』。実はこれのダイジェスト版が劇中に存在する。

「今日は賢者バスカリューンの子孫を名乗る者が残した書物『偉大なるバスカリューンの記』について、お勉強しましょう」(以下略)
Disc3序盤-白いSeeDの発言より引用

この話は、次の目的地がエスタだと判明したあと、白いSeeDの船の船首にいる女性SeeDに話しかければ解説してくれる。「ハインの半身」も「黒耳王ゼバルガ」も劇中に登場する固有名詞だったのだ。
 

※腰痛ウェンディゴさんの助言のお陰で気づきました。ありがとうございます。

スコールはDisc3で唐突に変わったわけではない

俗にスコールはDisc3で唐突に変わったと言われているが、実は違う。

スコール「リノア…。俺たちの方法ってこうなんだ。戦うことでしか自分も仲間も守れないんだ。それでも良ければ、俺たちと一緒にいてくれ。みんなも望んでいるはずだ」
Disc2-トラビアガーデンでの幼馴染イベントより引用

実はスコールの心境はDisc2全般を通じて少しずつ変わっている。詳細は新スコール論参照のこと。

リノアを理解するためのコツ

スコールとリノアは共に17歳。あと数年で大人の仲間入りだが、

リノア
「ええと、私、ときどき思います。せっかく知り合ったんだから、誰もいなくなることなく、そんな不安もなく、ゆっくり大人になっていきたい大人になっても、会えばまたにこにこ話したい」
学内ネットのリノアのコメントより引用

教員資格を習得(教員は20歳以降もガーデンに残れる)するなど積極的に将来のことを考えているキスティスや、情けない子供時代を早く卒業したくて必死だったスコールに対し、大人になるのはまだまだ先のことだと思っているリノア。その辺の自覚の差が、物事の見方や価値観の大きな差に繋がっている。
リノアの長所も短所も溯ると子供っぽさに行き着く。スコールの薄情さを堂々と指摘する大胆さも、「ハグハグ」などのユニークな言動も、父親への反抗期も、その現われだ(余談だけどラグナは子供っぽさ+大人の余裕で魅力的な人物になっているね)。
 
そして、FF8はそんなリノアが少しずつスコールたちの生きかたに感化されていく物語でもある。

アーヴァイン「僕たちはもう小さな子供じゃない。みんなとっても強くなった。もう黙って離ればなれにされるのは嫌だから…。だから僕は戦う。少しでも長く一緒にいるために。それが僕にできる精一杯のことだから」
Disc2-トラビアガーデンでの幼馴染イベントより引用

リノア「みんな…強いんだね…」
スコール(強い? それはきっと違うような気がする。深く考えると、身動きが取れなくなる。みんな…それが怖いんだと思う)
Disc2終盤-トラビアガーデンの幼馴染イベントより引用

リノア「…私、戦うから。守られるだけじゃ嫌だから戦う。私にも誰かが守れるなら戦う。みんなと一緒にいたいから戦う
Disc2終盤-ガーデン決戦直前の会話より引用

リノアはSeeDでもガーデン生でもない。G.F.の力を借りているとはいえ、数週間前まではハウリザードと戦ったことすらなかっただろう少女が、世界最強の精鋭SeeDと行動を共にするのは大変だろう。
パーティー6人の中でバトルの素人が1人という設定は、なかなか味があって面白い。

答えのない謎に対するアプローチの方法

謎だらけの物語という点ではFF7もFF8も同様だが、両者には大きな違いがある。それは、

FF7劇中で答えが明かされる。
FF8劇中で答えが明かされない。

FF8は劇中で答えを明かさない代わりに、仮説を立てるのに必要な手掛かりを山ほど用意してくれている。

  • 例えば、ラグナ編5(映画撮影)は、ルナパンの伏線のほかには、サイファーが魔女に憧れた理由とトラビアガーデンの発生理由の2点をプレイヤーに想像させるだけの役目しか負っていない。
  • スコール編では行く必要のないウィンヒルではレインの死因を推測するのに不可欠な興味深いメッセージが…。
  • 訪れる必要のないバラムの民家と白いSeeDの船では時期限定でハイン神話の解説をしてくれる。

せっかくゲーム側がこんなに考察の材料を用意してくれているのだから、それを楽しまないのは損だ。どんどん推理と想像を楽しもうではないか。
 
ただ、推理と想像といっても、劇中で答えが描かれる一般的な推理小説と、劇中で答えの描かれないFF8では決定的に違う点がある。

  • 答え合わせのしようがない以上、『答えを見つける』という姿勢は不毛。
  • 劇中の描写と矛盾しない仮説を立てて楽しむという姿勢で接するのが良い。
  • 劇中の描写と矛盾しないのであれば、仮説が複数あっても構わない。

例えば、筆者はアルティミシア最終形態はFF5のエクスデスのパロディだと思う。エクスデスを取り込んだ無は(既にエクスデスではないにも関わらず)自らをネオエクスデスと称した。アルティミシアもまた戦闘で弱ったところを自分が集めた魔女の力に逆に取り込まれてしまったのではないかと思うが、まったく違う解釈があってもいいわけだ。
 
 
もちろん、スコールたちの幸せそうな姿をエンディングで見られただけで満足だ、という人は、無理にそのようなアプローチをとる必要はない。ストーリーに何の興味もないバトルマニアや育成マニアも同様だ。


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