キャラクター考察

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アルティミシア考察

FF8の最終敵アルティミシア。彼女がなぜ悪しき魔女になったのかは劇中では語られていない。だが、その手掛かりになりそうな文章ならば幾つかある。

イデアに憑依したアルティミシア「古来より我々魔女は幻想の中で生きてきた。お前たちが生み出した愚かな幻想だ。恐ろしげな衣装を身にまとい、残酷な儀式で善良な人間を呪い殺す魔女。無慈悲な魔法で緑の野を焼き払い、温かい故郷を凍てつかせる恐ろしい魔女。…くだらない」

アルティミシアは、人々の魔女に対する偏見に強い憤りを感じている。

イデアに憑依したアルティミシア「ならば、愚かな者、お前たち! こうするしかない。自らの幻想に逃げ込め! 私はその幻想の世界で、お前たちのために舞い続けよう! 私は恐怖をもたらす魔女として未来永劫舞い続けよう!」

彼女は自らの野心から邪悪な魔女になった訳ではない。

イデア「アルティミシアは恐ろしい魔女です。心は怒りに満ち溢れています」

彼女は人々の偏見に耐えきれず、ぶち切れたのだ。ヤケになって破壊行動を企てるのは、ある意味でFFのお約束。ザンデとかクジャとかね。

イデア「あのね、リノア。魔女でいることの不安を取り除いてくれる方法を教えましょう。それは…魔女の騎士を見つけることです。いつでも貴方のそばにいて、あなたを守ってくれる騎士」

イデア「騎士はあなたに安らぎを与えます」
上記の2つの台詞は、魔女になったリノアへのアドバイス。

イデア「騎士がいない魔女は多くの場合、力を悪しき道のために使ってしまうのです。魔女アデルには騎士はいなかったと聞いています。おそらく、未来の魔女アルティミシアにも騎士はいないのでしょう」

魔女の騎士=魔女の理解者と考えれば、アルティミシアが暴走した理由がよく分かる。魔女になった彼女には理解者がいなかったのだ。人々の偏見。どうしようもない孤独。それらが彼女の心を蝕んだのだ。魔女は特殊な力を持つが、心の脆さは人間のときのままだ。
アルティミシアは何らかの悲劇を背負ったラストボスなのである。
…では、なぜ物語的にも美味しい、彼女の過去を描かなかったのか。

アーヴァイン「あのさ…。SeeDは任務に関して『なぜ』って質問しないって本当か?」
スコール(知りたくなる時だってある。例えば…今がそうだ。でも…)「知ってどうする?」
アーヴァイン「例えばさ。敵がすっげえ悪い奴だと分かればバトルにも弾みがつくだろ?」
スコール(…敵が悪い奴? おそらく…敵と俺たちを分けているのは善悪じゃない。お互いの立場が違うだけ。どっちも自分が善いと思ってる。善い奴と悪い奴がいる訳じゃない。敵と敵じゃない奴がいるだけだ)

これはイデアに向けた台詞だが、実はアルティミシアに繋がる言葉なのである。FF8のシナリオは娯楽性よりもテーマ性を優先したのだ。

キスティスかっこいい!

ミサイル基地に行くメンバーをセルフィ、ゼル、リノアの3人にしたときにだけ見られる、バラムガーデンでのキスティスとスコールの会話。

キスティス「ねえ、覚えてる? あなたがSeeDになった夜に2人で『秘密の場所』行ったこと。あのとき、あなた冷たかった。でも、今なら分かるんじゃない? 誰かに話したい。話を聞いてほしいって気持ち」
スコール(…分かるような気がする。でも…)
キスティス「私に話してみない? 少しは楽になるかもよ? それとも、壁に話す? どうする?」
選択肢→話したいかもしれない/一人がいい
スコール「話し…たいかもしれない」
キスティス「OK! じゃ、行きましょう。お茶でも飲みながらでいいわね」

なんとなく、キスティスが教員免許を取れた理由が分かるような気がするやり取り。さり気なく“壁に話す?”なんて発言しているのも大したものだ。この直後にマスター派教師からの呼び出しがあり、話が立ち消えになってしまうのが残念だな。キスティスだったらスコールの頑なな心をどんな風に溶かしただろうか。

キスティスはどうしてスコールを嫌いにならなかったのか

秘密の場所で「壁にでも話していろよ」とトンデモな暴言を吐かれてしまったキスティス。普通なら、それがキッカケで絶交していてもおかしくない(特に相手に恋愛感情を抱いていたなら)。ところが、キスティスはスコールを見捨てなかった。それは何故か? スコールが主人公だからか? キスティスがスコールに恋しているからか? いや、ちがう。この謎を解く鍵は、学内ネットに寄せたキスティスの文章にある。

「キスティス・トゥリープです。最近はSeeDの仕事であまりガーデンにいないけど、みんなは勉強に訓練に頑張っているかしら? SeeDを目指している人もそうじゃない人もガーデンの生活に悔いのないものにするようにね。ねえ、どうしても先生みたいな言い方になってしまう。…面白味のない女なのかな、私」

キスティスは言いかたの問題だと語っているが、そもそも、みんなが勉強を頑張っているのか気になってしまうということは、教師だった頃の考えかたの癖が抜けていないということだ。となれば、キスティスは暴言を吐くスコールを見て、腹を立てるよりも前に、教師だった頃の癖で『この子はこんな性格で将来大丈夫なのかしら…?』と思ってしまった可能性も十分に考えられよう。

キスティスの「ばか!」発言の意義

魔女記念館に向かうリノアを止められなかったスコールに向けたキスティスの「ばか!」という一言。この一言はキスティス自身にとっても大きな意味がある。前述のように、キスティスは教師時代の癖が抜けずに悩んでいた。そんなキスティスが“元教師”ではなく“仲間として”スコールに気持ちをぶつけたのが、あの一言なのだ。
だからこそ、彼女の言葉がスコールの心を動かしたとも解釈できるな。

キスティスに関する基本事項のまとめ

挫折知らずの秀才に見えて、実は挫折ばかりの努力家。普段の彼女から感じられる毅然とした雰囲気は、彼女自身がそういう人間に憧れて演じようとしているからだろう。

補足劇中では見事にスコールの失恋するキスティス。劇中では直接的なフォローが為されていないが、よくよく考えると、リノアも一年前にサイファー相手に失恋している。リノアはそれをうまく乗り越え、今回はスコールのハートを射止めた訳だ。だからキスティスも今回の件を悪いほうに引きづらなければ、きっと…。キスティスは一年前リノアが通ってきた道を歩んでいる、と解釈すると、なかなか興味深い。 

アーヴァインがスコールたちと共に行動する理由

アーヴァインはガルバディアガーデンの生徒。バラムガーデンやトラビアガーデンがどうなろうと自分には関係ない。ところが、彼はスコールたちと共に、それらのガーデンを守るために戦う。…なぜだろう?
その答えはDisc2にあった。

「あんたがそれっぽくないから聞くんだが…何故あんなのとつるんでんだ?」
アーヴァイン「あんなの?」
「バトル野郎さ」
アーヴァイン「狙撃手は一人ぼっちなんだ…。その瞬間のプレッシャー。その瞬間の緊張感…。それに耐えなくちゃならない。『あんなの』は、そこから助けてくれる。それって仲間って呼ばない?」
「あんたもバトル野郎か…」
アーヴァイン「そうかもね〜。でも…あんたは何野郎なんだい?」

アーヴァイン「僕たちはもう小さな子供じゃない。もう黙って離れ離れにされるのは嫌だから…。だから僕は戦う」

あの魔女狙撃作戦でのやり取りは、アーヴァインにとって、そこまで大きい出来事だったのだ。
 

補足1ラグナの“愛と友情、勇気の大作戦”という言葉には、そういう意味も含まれているわけだ。
補足2面白いのは、アーヴァインを励ましたスコールは、自分の発言がアーヴァインにそこまで大きな影響を及ぼしたとは気づいていないことだ。この構図は「俺から離れるな」発言がリノアの心を奪ったことに気づかなかったことと似ている。
補足3アーヴァインが戦う決意を固めた理由を考える際は、大好きなセルフィの存在も無視することは出来ないだろう。トラビアガーデンでセルフィの悲しむ姿を見て、イデアとの戦いをあらためて決意したなんて推測もできるな。

アーヴァインに関する基本事項のまとめ

もしかして…

母校ガルバディアガーデンが魔女に占領されても、まったく悲しむ素振りを見せなかったアーヴァイン。そんな彼がバラムガーデンを守る戦いに参加したのは“仲間のため”だった。…という設定を逆に考えてみると、なかなか恐ろしい推測が出来てしまう。
アーヴァインの仲間思いな性格から考えて、ガルバディアガーデンに彼の“仲間”が一人でもいれば、きっと彼はその仲間の安否を気遣おうとしたはずだ。だが実際はそういう展開にはならなかった。もしかして、ガルバディアガーデン時代の彼は一人ぼっちだったのだろうか? 小心者な性格を隠すために大胆不敵な色男を演じていたアーヴァイン。彼はそのせいで、母校で“仲間”と呼べるような友人を作れなかったのかもしれない。

ゼルとセルフィに関するプチ考察

スコールたちが大きな心の葛藤を抱いているのに対し、ゼルとセルフィはそういったものを持っていない。
面白いのは、この2人が葛藤を抱いていない理由が正反対なことだ。

ゼルあまり深く難しいことは考えず、とにかく物事をシンプルに考えようとする少年。裏表がないのは彼の魅力でもある。 
セルフィ親友の死を胸の奥にしまっておくだけの気丈さを持つ少女。実はバトルメンバーの中で一番のしっかり者。 

彼らのシナリオ的な位置付けはなんなのか。おそらく…、

ゼル捻くれ者が多いFF8の中で、“大事な家族のためバラム開放を目指す”というストレートな家族愛(というとゼルは顔を真っ赤にして否定するだろうが)を担当。バトルメンバー6人の中でまともな家族関係があるのもゼル1人。 
セルフィアーヴァインとの対比で見ると分かり易い。ガルバディアガーデンの生徒なのに、ガルバディアガーデンよりもバラムガーデンを守ることに力を注いだアーヴァイン。彼とは対照的にミサイルが発射されたトラビアガーデンを心から心配していたセルフィ。彼女が担当するのは郷里愛か。 

こうやって見るとアーヴァインとセルフィは自分の所属ガーデンに対する反応が正反対なんだよね。なんだか面白い。

オダインの業績

劇中で説明されているだけでも、

  • G.F.のジャンクション技術を確立
  • 擬似魔法のマニュアル化
  • エルオーネ・ジャンクション・マシーンの制作
  • ルナティック・パンドラの発掘と研究
  • 宇宙ステーションの開発に関与
  • 魔女に関する諸研究

魔物の研究の第一人者と宇宙ステーション開発の予算を握っていた人物が同一なのが面白い。一見すると無秩序デタラメに見える彼の研究活動だが、

  • チュートリアルによれば、オダインの(本来の)専門はモンスター研究。
  • モンスター研究家のオダインが、モンスターの大量飛来現象である月の涙に興味を持たないはずがない。
  • 宇宙ステーション(ルナサイドベース)の本来の目的は月の魔物の研究。オダインが一枚噛んでいて当然。
  • ルナティックパンドラは月の涙を人工的に誘発させる装置。オダインが一枚噛んでいて当然。
  • オダインはモンスター研究中に偶然G.F.を発見した(チュートリアル情報)。
  • オダインはG.F.研究を通じてジャンクション技術を確立した。つまり彼はジャンクション研究の第一人者でもあり、エルオーネの超能力に興味を持ったのも当然と言えよう。

彼の研究のかなりの部分は、モンスター研究が起点になっている。オダインの研究姿勢は風貌や言動から受けるイメージほどデタラメではないようだ。だからこそ、数々の大発見を成し遂げることができたのかもしれない。

オダインの意外な影響

スコールがあんな性格になったのもオダインのせいだったりする。

  1. オダインがエルオーネの再誘拐を目論まなければ、エルオーネを白い船に匿う必要もない。
  2. エルオーネはずっと孤児院にいる。スコールと離れ離れにならない。
  3. 身近な人を失う悲しみを体験していないのでスコールが人付き合いで奥手になることもない。

ただ、そうなると今度はスコールが重度のシスコンに陥ってしまう可能性が…(笑)。

FF8のキャラ造形はFF8の世界に相応しい

FF8のキャラクターが他のFFとノリが違うのは、環境の影響が強いのではないかと思ったり。

  • もしFF9のような世界で「まみむめも!」とか「おハロー」なんて言い出したら突飛すぎるけど、FF8の世界にはTVもラジオもある。リノアやセルフィ(標準語モード)の独特の言動は、バラエティ番組やドラマの影響じゃないかな? セルフィの「まみもめも」を“流行らせたい”という発想や、自ら“物知り”と名乗るゼルの自己顕示欲の強さもどことなく、それっぽい。
  • サイファーは6歳から今までずっとガーデンで生活してきた。我々の世界でいう受験に相当する体験もしたことがないはず。もしかしたら彼は自分の将来を本気で考える機会がないまま18歳になってしまったんじゃないかな? ずっと少年気分でいたら、将来設計ゼロのまま18歳になってしまったというのが彼の焦りの原因かもしれない。
  • 生きるのに必死な世界では、くだらないことで悩んでいるヒマはない。スコールの悩みかたは、いかにも時間を持て余した学生って感じがする。例えば、FF10のような生きるだけで精一杯の世界だったら、ずいぶん違った性格になっていたかもしれない。

FF3やFF5の人間にどことなく長閑な雰囲気があったり、FF7の人間にどことなく退廃的な雰囲気があったり、FF10の人間に熱い情熱と微妙に醒めた視点が同居しているのも、世界観に合わせて性格付けしているからのだろう。

スコールとリノアはどちらが先に生まれたか?

攻略本などに書かれた2人の年齢と生年月日は、

スコール8月23日生まれの17歳 
リノア3月3日生まれの17歳 

で肝心の劇中の時期についてだが、バラムガーデンの学習用コンピューターに次のような文章が書かれている。

春。慰霊祭。入学式。SeeD試験(筆記/実地)
夏。ガーデン祭。夏期休暇。
秋。生徒主催行事。学園祭。
冬。進路相談。

つまり劇中の季節は春、入学式のあとだから4月以降だろう。今年の夏にはスコールは18歳になるはずだ。よって、スコールのほうが先に生まれたことになる。
 

補足劇中の描写だけでは4月だか5月だか分からない。4〜5月生まれのキャラクターがいない理由はそれかな?

スコールたちの生まれた順番

スコール編の主要キャラクターの生まれた順番。

1キスティス10月4日生まれの18歳
2サイファー12月22日生まれの18歳
3セルフィ7月16日生まれの17歳
4スコール8月23日生まれの17歳
5アーヴァイン11月24日生まれの17歳
6リノア3月3日生まれの17歳
7ゼル3月17日生まれの17歳

なんだか、そのまま兄弟にしてしまっても違和感のない配列だな。落ち込み易い長女、がき大将な長男、せっかちな次女、神経質な次男、弱気な三男、いい加減な三女、落ち着きのない四男。クレイマー夫妻を両親に据えれば破天荒なホームドラマが出来そうだ。

なぜスコールたちは森の梟の派遣されたのか

なぜスコールたちは森の梟などという小さな無名の組織に派遣されたのか。次の2つの可能性が考えられる。

  1. スコールたちが新米SeeDだったからかもしれない。いくら試験に合格したとはいえ実務経験はゼロ。そんな連中に重大任務を与えるほうがどうかしている。簡単な依頼から初めて、徐々に難しい仕事にステップアップさせていく予定だったのではないか。
  2. シドがスコールに真のSeeDとしての情操教育を施したかったからかもしれない。森の梟の構成メンバーはせいぜい十代〜二十代の少年少女たちだ。彼らは金や生活のためではなく、正義感からガルバディアへの抵抗運動を続けている。どうにも正義感という言葉からは遠いスコールを、梟の森に感化させたかったのではないか。

どちらの説にしても、シドは森の梟があそこまで無茶な組織だとは想像もしていなかったのだろう。大統領誘拐作戦のことを知っていればベテランSeeDを派遣していたはずだ。新米SeeDには荷が重い。


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